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【44万6千PV突破 ! 全話 完結】運と賢さしか上がらない俺は、なんと勇者の物資補給係に任命されました。  作者: 虫松
『メイドが冥土の土産よ狙撃30(サーティー)/D.M.(ダリ・メンドウ)』
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第2話 引き金は、ため息と共に

廃都市クレンゼン。空はどんよりと曇り、金属の香りを含んだ風がビルの隙間を吹き抜ける。

ダリ・メンドウは、屋上の古びたパイプの上に寝転びながらチョコをかじっていた。


「……ったく。よりにもよってクロエとか、マジでダリィ……」


ターゲットの名は、クロエ・フォルシエール。

元同僚で、副官で、完璧主義の鉄メイド。

今は国家転覆を企てる組織《白手袋》の副司令。


挿絵(By みてみん)


彼女の命を狙う任務を、ダリが“押し付けられた”のだ。


インカム《任務確認。クロエは北西の教会塔にて狙撃配置中。》

《撃つか、撃たれるか。タイミングは任せる》


「……もうね、恨みの感情で狙われるとかマジめんどくせぇ……恋愛の逆恨みとかほんと時代遅れなんだってば……」


300メートル先。廃教会の塔。

そこに立つひとりの女。


ブロンドをきっちり結い上げ、紅のコートに黒のスコープライフル。

鉄のような冷たさと、微かににじむ情念の女クロエだった。


スコープ越しにダリと視線が交錯する。


「ダリ……あんたさえいなければ、ジュリオは……」


ダリがため息をつく。


「……だから言ったじゃん……

あたし、ジュリオに興味ないって。

ていうかそもそも、あいつ甘党じゃない時点で対象外なんだよね……」


■クロエの過去の回想

ふいに、クロエの視界に古い記憶がよみがえった。


あの、静かで上品な午後。お屋敷の紅茶室。

クロエは淡く香るアールグレイを淹れ、ジュリオの帰りを待っていた。


「クロエ、いつもありがとう。君の紅茶は完璧だ」

「ふふ、ジュリオ様の笑顔を見るためですもの」


そこへ、ふらっと現れたダリ・メンドウ。

チョコを頬張りながら、ぐてっとソファに倒れ込む。


「あー疲れた。なんか甘いのない?」

「勝手に人のカップケーキ食べないでっ!」

「え、ジュリオの?……うまっ。おい、これ作ったのお前?センスあるじゃん」


それが、ジュリオの“ダリへの初恋”の瞬間だった。


クロエは、その日から気づいていた。

彼の視線が、いつのまにか自分を通り過ぎて、ダリの方ばかりを見ていることに。


「……ふざけないで……。あの人が振り向いたのは、ただの気まぐれよ……!でも、でも……!」


クロエの唇が震える。

その指先は、再び引き金にかかろうとしていた。


スコープ越し、ダリが立ち上がる。


雨が止む。雲の隙間から、陽が一筋差し込む。


ダリは、ようやく腰を上げ、ライフルを構えた。


《残り5秒……》


「……なーんで、こんなことで命狙われなきゃなんないわけ……

ジュリオなんて今どこで何してるかも知らないのにさ……」


《3秒……》


クロエの銃口が揺れる。感情がぶれ、照準が定まらない。


《2秒……》


──パン。


銃声は一発。

風に紛れて、ほとんど誰にも聞こえなかった。


クロエの肩に、ダリの弾がかすった。

命は取っていない。ただ“恋心”だけを撃ち抜いた。


ダリはゆっくり塔に向かい、クロエの前に立つ。


「……クロエ。ジュリオが振り向かなかったのは、あたしのせいじゃないよ。あいつが、あんたの“完璧さ”に疲れただけなんじゃね?」


クロエは何も言わない。

ただ、ぽたりと雫が、頬から流れた。


ダリは静かに背を向けた。


「恋の引き金ってさ、軽く見えて、めちゃくちゃ重いんだよね…… でも、あんたが、もう撃たないで済むようにさ。今日は、あたしが撃ったわけ」


その夜。

ダリは屋上に戻り、空を見上げながら缶チョコをかじる。


「……ふぅ……甘っ……あー……これで、明日も生きてける気がするわ……」


帰り道。自販機で缶コーヒーのカフェラテを買い、ベンチに座る。


「……女の嫉妬って、当たると地味に痛いんだよな……ま、殺すよりはマシだけど」


彼女は缶をぷしゅっと開け、空を見上げる。


「しっかし…… モテるって、マジでめんどくせぇ……」


風が吹く。

それは、アールグレイ紅茶の香りに似ていた。


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