おまけ07 味のない国と母の怒り
──「味がない」は、心が死んでるってことなのよ!──
ナターシャが足を踏み入れた町は、かつて「世界でもっとも味覚に誠実な国」と讃えられた
《ヌートリア》
その今の姿は、あまりにも静かだった。
パン屋には焼き色のつかない白い塊が並び、
スープ屋の鍋から立ちのぼる湯気は、香りを持たない。
果物は色を失い、肉はただの繊維の束となり、
子どもたちは、食べながら笑わない。
ナターシャが見かけた少女は、
弁当を食べながら、こう呟いた。
「……ごはんって、なんで食べるの?
お腹すくけど、嬉しくないなら、食べたくないのに」
その言葉に、ナターシャの心が締めつけられた。
・レストランの看板はすべて取り外されている。
・公園のベンチで食べる老人たちは、無言で灰色のパンを咀嚼するだけ。
・市場では「旨い」「甘い」「コクがある」といった言葉は禁句になっていた。
ナターシャは耳を疑った。
「……“美味しい”って言葉を使うと、罰金?」
「ええ……味を欲する者は“病気”とみなされるんです」
と、古びた食堂の女主人が答えた。
「……でも私は忘れません。“あの人の煮込みハンバーグ”が、私の人生の宝物でした」
女主人は涙を堪えながら、
自分のレシピ帳をナターシャにそっと渡した。
味を奪った者の名は
バカジダ
やがて、ナターシャはこの異常な風習の根源を知る。
《調味の神 バカジダ》
料理に宿る感情を“毒”と断じ、世界を無味に染めようとする神。
「バカジダ様は仰ったのです。“味違いは争いを生む。平等な“灰の味”こそ、真の秩序”と……」
それを信じ、町の人々は“味を感じること”を罪と考えるようになってしまったのだった。
ナターシャは静かに、手を握りしめる。
「それって……つまり、“生きる楽しみを殺す”ってことじゃない……!」
その夜、ナターシャは焚き火の前で双子のために作った“お母さん唐揚げ”を取り出す。
一口食べたその瞬間、舌が思い出す。子どもたちの笑顔、笑い声、
そして命を感じる“温かい食卓”。
ナターシャは立ち上がる。
「行かなきゃ。そのバカジダとかいう神、ぶん殴ってでも《ヌートリア》に味を取り戻す。
……“母の怒り”、なめるんじゃないわよ」
次回
ナターシャ、ついに神殿突入。
味を奪った神・バカジダとの激突へ!