おまけ03 どす鯉!味噌汁 見た目も差別も煮込みます。
任務の合間、ナターシャは双子の子どもナツとフユを預けている田舎の村に立ち寄った。
森と湖に囲まれた、緑豊かな小さな村。だが、その日のフユの表情は、曇っていた。
「……ねえ、お母さん。僕、また“毛玉”って言われた」
「“獣クサいから近寄るな”って、昨日も言われた……」
ナターシャの胸が、ずきりと痛んだ。
フユは物静かで、内に思いを抱え込む子だった。ナツとは対照的だ。
「誰が言ったのか、教えて。ママがそいつらの尻尾を引きちぎって……」
「お母さん、ダメ。ナツがもう怒ってるから」
振り向くと、ナツが鼻をふくらませて腕を組んでいた。
「フユに何したヤツ、私がもうぶっ飛ばしてきたから!」
「な、何したの……!?」
「川に投げた。バシャーンて」
「……やりすぎよナツ。えらいけど、やりすぎ」
事情を知ったナターシャは、村の集会に自ら出席した。
周囲の人々の視線は、どこか壁のように冷たかった。
「……ナツとフユのことです。彼らは、人間と狼のハーフです。でも、“違う”ってだけで、いじめられていいわけがない」
「……じゃが、あれは獣……じゃろう」
「見た目が怖いんじゃ。耳とか、牙とか……」
「人間の子どもが泣くんじゃ……ワンって吠えるだけでなぁ」
ナターシャは、深く息を吐いた。そして、立ち上がる。
「なら、“怖くない”ところを見せます。鯉の味噌汁で。」
「えっあの見た目がグロイ 鯉を料理するのかね。」
◆鯉の味噌汁「鯉こく」の材料と手順◆
鯉の切り身:佐久鯉。5~6切れ。※しっかり血を洗い流す。
水:2リットル
味噌:約150g(赤味噌・合わせ味噌も可)
日本酒:200cc
みりん:30cc
「鯉の見た目はちょっと“うぉ…”ってなるかもしれないけど、うま味は繊細で一級品よ。
ウロコは取ってあるし、内臓も出汁になるからそのまま入れるわね。苦手な人は抜いてもいいけど」
フユがそっと鯉を鍋に入れる。
味噌、日本酒、みりん……そして火にかけると、ゆっくり、うま味が立ち上ってきた。
「うわ……いいにおい……」
「……お腹が……がるる……って鳴った」
ナターシャはほほ笑む。
「さあ、みんな。怖がらずに、飲んでごらんなさい。
これは“毛玉”なんかじゃない。佐久の誇りで作った、命の味よ」
村人たちの変化
最初はおずおずと、次第に目を丸くしながら、村人たちは鯉こくを啜っていく。
「……ほぅ……なんじゃこりゃ……」
「ほっこりする……まるで風呂に入ったみたいだ……」
「鯉って、こんなにおいしいのか……」
やがて小さな子が、フユに笑って言った。
「フユくんのスープ、また食べたい!」
「……ぼくじゃなくて、お母さんが作ったんだけど……ありがとう」
フユの目に、涙が浮かんでいた。
それは、悔しさではない涙。嬉しさと、誇らしさの涙だった。
鯉の味噌汁「鯉こく」
古くから滋養強壮に良いとされ、信州・佐久では祝い事や寒い冬の栄養源として愛されてきた郷土料理。
濃い味噌と鯉の脂、そして酒とみりんの調和は、心の壁さえも溶かしてくれる。
ナターシャは鍋の縁を撫でながら、つぶやいた。
「見た目の差別って、意外と“食べたら”消えるのかもしれないわね……」
狼女ナターシャは母で今日も、鯉の味噌汁で子供たちの心を救ったのであった。