第24話 シスターマリアの誕生日
港の貿易都市――港町リーベルト。
白い灯台が青空にそびえ、石畳の道には活気ある商人たちの声が響く。
海風に乗って魚の焼ける香ばしい香りが鼻をくすぐり、人々の笑い声が波音に溶けていく。
「ようやく、人間の暮らしがある場所に来たって感じだな……」
俺は、心の中でほっと胸を撫で下ろしながらも、マーリンの背中には自然と距離を取っていた。
あの爆裂魔法“クリムゾンフレア”
あのとき、爆炎の中で笑みを浮かべていたマーリンの横顔が、今も脳裏に焼き付いて離れない。
(あれは……人の領域じゃない。黒魔術師じゃなくて、災厄そのものだった)
勇者アルベルトと黒魔術師マーリンは町の長へ挨拶に向かった。
俺とシスターマリアは薬草や保存食など、物資補給を任される。
けれど今日という日は、それだけじゃない。
「……今日は、シスターマリアの誕生日だ」
俺は密かに貯めていたへそくりの袋をポケットで握りしめた。
数日前から、ずっと計画していたんだ。彼女に、ささやかでも喜んでもらえる贈り物を渡したいって。
そんなとき――
「わぁ……」
彼女が足を止め、花屋の店先をじっと見つめていた。
目を向けた先には、鮮やかな黄色の薔薇が咲き誇っていた。
白い修道服に、黄色い薔薇――その組み合わせは息を呑むほど美しかった。
まさに、“マリアージュ”(結婚)
「シスター……」
俺は思わず声をかけた。
「この黄色い薔薇……シスターマリアの誕生日に、プレゼントさせてください」
シスターマリアは驚いたように目を瞬かせたが、すぐに優しくほほ笑んだ。
「まぁ……リスクさん。そんなつもりじゃ……でも、嬉しいです」
「ずっと……何をあげたら喜んでくれるか悩んでたんだ。でも、これを見てすぐに決まった。シスターには、これが似合うって思ったんだ」
花屋の老婆が微笑みながら、黄色い薔薇を一本、丁寧に包んで渡してくれた。
すると、シスターマリアはすっと花屋の隣の鉢から、小さな白い花を摘んで俺に差し出した。
「では……リスクさんには、私からこの“カスミソウ”を」
「えっ……シスターマリア?」
「黄色い薔薇と、白いカスミソウ。お互いを引き立て合う花なんですって。まるで、リスクさんと私みたいですね」
その一言に、俺は一瞬、息を呑んだ。
(……シスターマリア、それ……本気で言ってる?)
「……今日は、誕生日をこうして祝ってくれて、本当に嬉しい気持ちになれました。ありがとう、リスクさん」
「……いや、こっちこそ。シスターの笑顔が見れて、最高の一日になったよ」
沈みゆく夕日が、港町の海を黄金色に染めていた。
波の音と、ゆるやかに吹く潮風の中
俺たちは、ほんのひととき、戦いを忘れて穏やかな時間を過ごしていた。
宿の手配も終え、物資の補給も完了。
旅はまだ続く。だけど、今だけは、この小さな幸せな瞬間を胸に刻もう。
シスターマリアがそっと俺の隣に立つ。
「リスクさん、これからも……一緒に、旅を続けてくれますか?」
「もちろん。どこまでも、シスターマリアを守るよ」
俺たちは夕陽に染まる海岸線を背に、静かに歩き出した。
「ここからが、本当の海への冒険だな」
新しい港町、波音が聞こえる街角に立ち、
俺たちは新たな旅の幕を、静かに、でも確かに開こうとしていた。
【第一部・完】