第一話 眠り姫
ここは魔界の中心にそびえ立つ、黒曜石の宮殿ネクロキャッスル。
その最上階、ふわふわの雲のようなベッドに埋もれ、すやすやと寝息を立てる一人の少女がいた。
彼女の名は――
ベルモット・ネクロデス。
魔王ガルヴァ・ネクロデスの実の妹にして、“魔界の眠り姫”と恐れられている……いや、あまりに寝すぎて誰にも恐れられていない。
なにしろ彼女、一日に22時間は寝ている。
残り2時間は、食事とお風呂と夢を語る時間に割り当てられている。
だいたいは、お風呂の途中で寝る。
「ふぁぁ~……運命の王子様は、白馬に乗って現れるのかしら~……」
今日も彼女は、枕代わりに相棒のバクちゃんをぎゅっと抱きしめ、ベッドの中でくるくる丸まっていた。
※バクちゃんは夢を食べる魔獣。最近はベルモットの“乙女な夢”ばかりを食べている。
バクちゃん「また恋バナか。糖分が多すぎて胸焼けしそうだよ……」
そんな平和な宮殿の朝いや昼か、いや夜か? 時間の概念はベルモットの眠気には通用しない。
ドゴォォォン!!
宮殿の窓ガラスが震える。遠くからものすごい突風と馬(?)のいななき。
???「この魔界の眠り姫を、ゼロ部隊にスカウトに来た!!!」
なんと
空を翔ける魔界ロバ、通称“魔ロバ”に乗って、勇者アルベルトがやって来たのだった!!
ベルモット(ベッドの上で寝ながら)
「……ま、まさか……白馬じゃないけど……まさか、あれが運命の王子様……?」
心がときめいたその瞬間――
「ぐぅー……ぐぅー……」
寝た。
完全に寝た。
バクちゃん「いや、寝るんかーい!! いま最高潮だったじゃん! 夢オチにも程があるでしょ! アルベルト、空振りだぞ!」
勇者アルベルト(窓の外で大声)
「おーい! 入っていいかー!? スカウトに来たんだけどー!? 聞こえてるー!?」
「(寝言)ふふっ……王子様……夢の中では、白馬で来てくれるのね……うふふふふ……」
こうして
宮殿の外ではスカウト活動、
宮殿の中では睡眠活動が、
絶妙にすれ違う形で幕を開けるのであった。