第9話 ハメを外す男、無音結界で黙らせろ!
それは友達の紹介だった。
「すっごく条件いい人だから、一度会ってみて」と言われ、
渋々出かけたマーリン。最初は警戒していた。
だが、現れた男は——
高学歴、高身長、高収入。いわゆる三高。
しかも職業はなんと、“魔導飛行機のパイロット”。
引き締まった体に整った顔立ち、口元には爽やかな微笑み。
「……これは……アリかも」
マーリンは、ほんの少し、ときめいてしまった。
しかし。
地獄のはじまりは、乾いた“あの笑い声”だった。
「うひゃひゃひゃぁあああああああああ!!!」
初デートのカフェで突然炸裂したその奇声。
まるで破裂したオルゴール。壊れた魔法笛。
マーリンは一瞬で現実に引き戻される。
しかも笑うポイントが謎すぎる。
「俺さ、魔導機の訓練中にスイーツ全滅させたことあるのよ!うひゃひゃひゃぁああ!!」
どこが笑うところだ。誰も笑っていない。
彼だけが笑い続ける。しかもボリューム最大で。
やがて周囲の客がざわつき、ついに店員が注意した。
「す、すみません……お客さま、笑わないでいただけますか……」
「は!?人間が笑って何が悪い!?うひゃひゃひゃぁあああ!!!」
ここでマーリン、静かに立ち上がる。
「……そんなに笑いたいなら、死ぬまで笑いなさい」
マーリンの魔法詠唱
「耳を塞ぎ、舌を封じ、魂を鎮める——」
「静寂よ、我が言葉に応えよ」
「その魂を、笑い地獄に沈めたまえ!」
ゲラゲラーボボボーボ・ボーボボ!
紫の魔法陣が出現。キモワライの顔がひきつる。
口が勝手に笑い出し、止まらない。止まれない。
「うひゃひゃひゃぁあああ!!!うひゃひゃひゃぁあああ!!!うひゃひゃひゃぁあああ!!!うひゃひゃひゃぁあああ!!!」ひゃっ……あがっ……うひゃぁ……ひゃああ……!!!!」
顎が外れ、泡を吹き、白目をむいて崩れ落ちた。
静まり返るカフェ。マーリンは席に戻り、紅茶をひとくち。
マーリンは黒いローブの袖をそっと下ろし、泡を吹いて白目をむくキモワライを見下ろしながら、冷ややかに微笑んだ。
「ハメを外しすぎて顎を外す……ダメな大人ですわ」
そして、ほんの少しだけ優しい声で、こう付け加えた。
「笑うのは悪くないけれど、周りが見えない笑いはただの騒音。
本当に面白い人は、静けさの中でも人の心を和ませられるものよ」