第二話 呪いは音痴のせいじゃない……かもしれない。
塔の最上階、絶望のメロディがまだ鳴り響いていた。
「なによぉ~うわぁぁああんっ! あたし、歌いたいだけなのにぃ~!!」
泣き叫ぶオーヤン・フェフェーの声に、塔の窓ガラスがヒビを入れ、隅の石像がカタカタと震える。
「……鼓膜が、裂ける……」
アルベルトが耳を押さえながら、壁に寄りかかる。
「ちょ、ちょっと落ち着いて! 泣き声で建物壊れるなんて聞いたことないわよ!?」
さっちゃんが魔法バリアで空間を保つも、すでに塔の一部は崩れかけていた。
「うううっ……こんな声じゃ、誰も私の歌を聴いてくれない……」
レースの歌姫ドレスをくしゃくしゃにしながら、フェフェーは膝を抱える。
それでも、その目には「歌いたい」という想いが残っていた。
「……なぁフェフェー、アンタ……昔は“伝説の歌姫”だったって、本当か?」
「ほんとよっ! わたしの声には人の心を動かす力があったの!
でも、ある時から突然、歌うと周りが固まるようになっちゃって……
呪いだって噂が広まって、誰も近づかなくなったのよ……」
その時――塔の下から轟音が響いた。
「ギシャアアアァア!!」
「来た! 魔物の群れよ!」
さっちゃんが窓の外を指差す。
森の奥から、凶暴な音喰いの魔獣たちが塔を取り囲んでいた。
巨大な耳、音を吸い取る牙――聴覚系の魔法をエネルギーに変える危険生物だった。
「うわぁ……よりによって“音”に反応するヤツらか……」
アルベルトが剣を構えるが、数が多すぎる。
「フェフェー! アンタの歌、あの魔物にぶつけてみろ!」
「えっ!? こんな声で!? 無理よ、私……ただの音痴なのよ……!」
「違う! アンタの歌には力がある! お前の“呪い”、もしかしたらそれ……“武器”かもしれねぇ!」
フェフェーは一瞬、迷った。
でも――心に浮かぶのは、誰もいない客席で、誰にも届かなかったあの想い。
「……私は、歌いたい」
その瞬間、彼女は胸を張り、口を開いた。
「――フェェェェ~~~~!! らららああああああッッ!!」
塔が震える轟音。
魔獣たちの耳がビリビリと揺れ、悲鳴を上げて倒れていく。
デスボイス。
そう、これは精神を揺さぶる咆哮。
人間には呪い、しかし魔物には凶器。
「すげぇ……まるで、“音の爆撃”だ……!」
「物理じゃないわ、これ“精神攻撃”よ! フェフェー、もっと出して! お腹からっ!」
「ふんぬぅぅぅぅぅっ!!」
「ブギャアアアアア!!」
森の魔獣が一体、また一体と崩れていく。
その光景を、塔の下から村人たちが驚愕して見上げていた。
「呪いの歌姫が……魔物を倒している……!」
「なんて声だ……耳が痛いのに、なぜか涙が出てくる……!」
戦いの後――瓦礫の中、フェフェーはヘロヘロに座り込んだ。
「うぅぅ……声がガラガラになった……」
「でも、お前のおかげで助かったぜ。音痴じゃねぇ、“お前だけの武器”だ」
アルベルトが手を差し伸べる。
「なぁフェフェー。ゼロ部隊に来ないか? お前の声で、救える世界がある」
フェフェーの目に涙が滲んだ。
「……ホントに? あたしが……役に立てるの?」
「もちろん。デスボイス担当、爆音エースってことでな」
「ふぇえええぇぇ……嬉しいよぉぉぉ~~~!!」
「ぎゃあああっ!! また来たァァァァァ!!」
塔の天井が、また少し崩れた。




