第一話 音痴だけど歌いたい。
「……なんで俺が、またこんな遠い島まで……」
波に揺れる小舟の上で、勇者アルベルトは青ざめた顔を手で覆い、今にも胃の中身が旅立ちそうな様子だった。
「スカウトミッションだってのに……船酔いで死ぬわ」
「だから言ったじゃない。空飛べばよかったのに~」
ベビーサタンのさっちゃんは、ぷかぷかと空中で浮かびながら、呆れたように羽ばたく。尾っぽをぱたぱたと揺らしながら、鼻歌まで歌っている。
「俺は飛べない勇者です。」
「この島、奇妙な噂があるのよ。“近づくと呪いの歌が聞こえる”って。で、聴いた人は全身がビキィッて硬直するんですって」
「そんなヤベェもんスカウトしてどうすんだよ……!」
アルベルトが吐き気と恐怖のダブルパンチに顔をしかめたその時、遠くから本当に聞こえてきた――
――ギギ……ギョギギィ……ぬぁ~~~~いっ♪
不協和音とも悲鳴とも言えない奇怪なメロディが、島から漂ってくる。
「うぉおおおぉおぉっ!? 脚が勝手に! 動かねぇっ!? つーか! 耳が! 死ぬ!!」
「ストーップ! アルベルト、鼓膜防御魔法!」
さっちゃんが慌てて魔法をかけると、ようやく音の苦痛が緩和された。
どうやら噂は本当だったらしい。
その島の名は《ファドゥリィ島》。今では「呪われた歌姫の島」と呼ばれ、住人たちは遠巻きに塔を睨むように暮らしていた。
上陸した二人を、島民たちが取り囲む。
「お願いです……呪いの歌姫を退治してください……!」
「歌が鳴るたびに赤ちゃんが泣き、ミルクが腐るんです!」
「最近じゃ、野良猫まで音に悶えて逃げ出した!」
村の代表らしき老人が、涙目で手を合わせる。
「このままじゃ、島が滅びます……!」
アルベルトはこめかみを押さえながら、ため息をついた。
「……結局、また厄介事じゃねぇか……。でも、歌で苦しんでる奴がいるなら、放っておけねぇよな」
さっちゃんが資料をぺらぺらとめくる。
「呪われた歌姫は、島の中央にある“封じられし塔”にいるそうよ。元は伝説の歌姫だったとか。
でも、ある日突然、声が“呪い”になって……今では塔の上からずーっと、例の音を垂れ流してるの」
塔に近づくと――それはまるでサイレンのような歌が響いていた。
――ゴワァアアア~~~……だいじょぉおおぶっじゃないぃぃ~~~!
塔の中では、オーヤン・フェフェーが、レースの歌姫ドレスを着たまま、床に突っ伏して大泣きしていた。
「うううぅぅ……なんでよぉおおお! 私、あの“世界的歌姫フェフェー”だったのよぉ!?
ドレスもオーダーメイドで、ステージはいつも満席で、王族にだってファンいたのよぉ!?
それなのに、なのになのに、なんで今じゃ“呪いのフェフェー”なのよぉ~~!!」
彼女の周囲には壊れたマイク、投げ捨てられた楽譜、そして――耳をふさぐ白い猫が転がっていた。
「……あの人が、スカウト候補……?」
アルベルトは立ち尽くしながら、空を仰いだ。
「……ゼロ部隊、もうちょっと人選なんとかしろよ……」
続く。