第四話 罪と獣と、咆哮の果て
密猟団の砦は崩れ、静寂が訪れる。
ナターシャの咆哮が響いた後、父親は力尽き、崩れ落ちていた。
息を荒くしながらナターシャが剣を納めると、瓦礫の向こうから足音が近づいてくる。
「……終わったな」
そう呟いたのは――眺望部ナカムラだった。彼は腕を組んで、冷めた目で倒れた父を見下ろす。
「この男、身元を照合した。国際指名手配中の人身売買組織〈灰色の牙〉の元幹部。“ジャッカル”・レオン。重罪人だ」
ナカムラは一歩踏み出し、無線を耳元にあてた。
「こちらナカムラ。ターゲット確保、身柄を引き渡し地点へ移送要請」
父・レオンは荒い息を吐きながら、ナターシャを見上げ、吐き捨てる。
「……てめえも、結局は捨てられるんだよ……
あのシスターだって、どうせ哀れみで育ててただけだ……
あいつは俺から“お前を奪った”、ただの人間だ。信じてみろよ……裏切られるさ……」
ナターシャは父を見下ろしながら、静かに首を振った。
「たしかに……シスターは、血もつながってなかった。
でも、あの人の手は、あったかかった。
一人ぼっちのあたしに、名前をくれた。ぬくもりをくれた。生き方をくれた」
その言葉に、父・レオンは目を見開いた。
「……お前、まさか……」
ナターシャはそっと手を握る。白いローブの記憶が蘇る――小さな自分を優しく抱きしめた、あの人の眼差し。
「母さんは……知らない。でも、シスターは“あたしの母”だったよ。
そして、“誰かのために生きる強さ”を教えてくれたの。
……だから、あたしは、あんたと決別する」
「ぬぅ……ああああああああっ!」
レオンは怒りに任せて叫ぶも、すでにナカムラの鎖が彼の両腕を縛っていた。
「はいはい、反省は裁判所でどうぞ。じゃ、逮捕。未成年への暴行、人身売買、傷害、森の破壊行為、ぜーんぶセットでな」
ナカムラは非情に、鋼の手錠を音高く締める。
「地獄で母ちゃんに詫びろよ。あんたが壊したのは、命だけじゃねぇ」
父が連行されるのを、ナターシャは黙って見送った。
……風が吹き抜ける。
その背後に、勇者アルベルトが立っていた。
「……ナターシャ。お疲れさま」
彼は静かに近づき、ふっと笑った。
「よく……立ち向かったな。過去にも、血にも、そして、弱い自分にも」
ナターシャは振り返らずに言う。
「……人間って、怖かった。今でもちょっと怖い。
でも……母さん(シスター)の手のぬくもり、思い出したら……“もう一回くらい、信じてみてもいい”って思えた」
アルベルトは真剣な表情で言った。
「だったら――俺と一緒に来てくれないか?
ゼロ部隊に。お前の強さを、必要としてる。
人間と魔族と、獣と……全部を繋ぐ役目を、お前ならできるかもしれない」
ナターシャは驚いたように顔を上げた。
「……あたしが?」
「そうだ。これから先も、戦いは続く。でも、お前はひとりじゃない」
さっちゃんも横から手をあげて、
「そーそー! うちの部隊は変人と爆弾しかいないから、常識枠がもうひとり欲しいのよ! つーか、私より常識ありそうだし!」
「爆弾って私のことですかぁっ!?」と、遠くからマッド錬金術師の声が聞こえたが、それはさておき――
ナターシャは小さく笑った。
「……じゃあ、行く。人間をもう一度、信じたいから。あたしの“生き様”を、もう一度選びたいから」
その瞳は、かつての怯えた少女ではなかった。
「ナターシャ、ゼロ部隊へようこそ」
アルベルトの手と、ナターシャの手がしっかりと交わる。
狼の少女は、過去を断ち切り、人間と未来へ歩み出す。
こうして、罪と咆哮の果てに、ゼロ部隊に新たな仲間が加わった。