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第二話 ……なんで、私なんか助けるの?

茂みに足音。枝をかき分ける手。

湿った空気に汗がにじみ、息が荒い。


「見つけた……!」


息を切らしながら、若い男が走る。その目は真剣、しかしどこか焦りも混じる。


「近いわよ、アルベルト。あの子、耳がいいもの。ドジ踏まないでよ」


空からふわふわ飛びながら、さっちゃんが指さす。


「この辺り……罠の匂いがする」


木の上を移動する影。狼のような耳、鋭く光る金の瞳。

その足取りは確かで、しかし追跡されていることに気づいていた。


「また……人間め。しつこい」


鋭く睨み、ぴたりと足を止めた。


「なんであんたなんかに追われなきゃいけないのよ。放っといて!」


風を切って走る足音。

アルベルトがまたも背後から迫る。


「待ってくれ!本当に君を傷つけるつもりは――」


「黙れ!!」


 地を蹴り、跳躍。

 その瞬間――


「……っ!!」


 バチィッ! 乾いた金属音。

 木の間から飛び出した網がナターシャを包み込む。まるで計ったかのように。


「ぐっ……!しまった……!」


 細いワイヤーが彼女の手足に絡まり、バランスを崩す。

 木の枝に吊り上げられるようにして、ナターシャの体が宙に浮かんだ。


「……まただ。人間の罠なんかに……!」


 ギリギリとワイヤーが食い込む。

 怒りの唸り声。だが、目の奥には――悔しさと、孤独。


「ナターシャ!大丈夫か!」


「来るな!近寄るな!!」


 アルベルトが駆け寄るも、ナターシャは牙を剥き、全身で拒絶する。


「どうせあんたも、罠を仕掛けた奴らと同じなんでしょ!? 気持ち悪いのよ、優しいふりして……どうせ後ろで笑ってるんでしょ……!」


 苦しそうに目を伏せる。 その肩がわずかに震えるのを、アルベルトは見逃さなかった。


「違う……そんなこと、しない」


「嘘つけっ……!!」


 必死に叫ぶ声。けれど、その裏側には―


「お、お待たせしましたー。罠の支柱、切りますよ~」


 ぬるっと現れた黒服の眺望部員ナカムラがナイフを構える。


「落ちますから、受け止めてくださいね?死んだら恨みますよ?」


「いや絶対死なせないけど!?怖っ!」


 シュンッ、と音を立てて網の根元が切断され――

 ナターシャの身体が落下!


 ドサッ!


「ぅ、ぐっ……!」


 アルベルトが受け止める。


「いってぇ……って、軽っ……じゃなくて、大丈夫か!?」


「……放して。触るな……っ!」


 ナターシャは彼の腕から転げ落ち、すぐさま距離を取った。

 その目にはまだ怒りと警戒が残っている。


「……どうして。私なんか、助けるのよ……」


「そりゃ――君が、困ってたからだよ」


「バカなの……?」


 しばらく沈黙。ナターシャの唇がかすかに震えた。


「人間なんて、信じたって裏切られる。何度も、何度もそうだった」


「そうかもしれない。でも、俺は――裏切らない。絶対に」


「……口だけは立派ね。信用しないけど」


 小さく、でも確かに、足が彼の方へと半歩近づいた。


挿絵(By みてみん)


網に絡まったナターシャをアルベルトたちは救い出した。

傷だらけになりながらも、彼女はなお警戒を解かず、人間に対する強い不信感をぶつけていた。


「どうせまた裏切るんでしょ。優しくして、利用して、最後は見捨てるの」


怒り、悲しみ、そして恐れ。

それらを隠さず、ナターシャは震えながら叫んだ。


アルベルトは、ただ真っ直ぐに彼女を見て言った。


「でも俺は、君を裏切らない」


「……なんで、そんなこと言えるの」


「言葉じゃない。これから行動で証明するよ」


その言葉に、ナターシャの目が少し揺れた。

だが、すぐに鋭く目を細め、話題を切るように背を向ける。


「……まだあいつらが森の奥にいる。人間の密猟団。あたしの仲間も、何匹も捕まって連れてかれた」


「なんだと!?」


さっちゃんがぎょっとした表情で空中で宙返りを打つ。


「悪いやつらだ!毛皮とか耳とか、変な標本とかにして売るんだ!」


「そんな連中、許せない……!」


アルベルトは拳を握りしめた。


その隣で、ナターシャが静かに、でも確かに言葉を紡いだ。


「……別に、助けてほしいなんて言ってないから。自分でやるから」


でも、と続ける前に、アルベルトが優しく微笑む。


「君ひとりで戦う必要はない。俺たちも一緒に戦いたいんだ」


ナターシャはしばらく黙っていた。

木漏れ日の中で、その金色の瞳がふと揺れる。


「……ほんっと、お人よし。信じて、痛い目見ても知らないからね」


そう言って踵を返す。


でもその背中は、もう拒絶の壁を完全には張っていなかった。


ほんの少し、気持ちが変わっていた。

人間にも、ほんの少しだけ……「いいやつ」が、いるのかもしれない、と。


その足取りは、もう独りで歩くものではなかった。


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