第三話 お嬢様の涙と誓いの紅茶
「ダリ・メンドウ!また持ち場を離れてタバコなんか吸ってるのねッ!」
屋敷中に響き渡る声。それは名門家の鉄の女にしてメイド長、ブリジット・グレイの怒声だった。
「くっそ、また見つかったか……あの鋼の掃除機女、マジで気配がねぇんだよな……」
タバコをくわえていたダリは、そそくさと柱の陰に隠れる。だが、その様子を見ていたのは勇者アルベルトとベビーサタンのさっちゃんだった。
「ダリ、今がチャンスだ。あのお嬢様に会いに行くんだろ?」
「は……?何言ってんだ、お前……って、真顔やん……」
「オトリは任せろ。ブリジットとは話が合いそうだしな……ほら、メイド服って似合うって言えば3分はもつ」
「アホか……」
「ツッコまないと会話にならないでしょッ!」
さっちゃんが鋭く突っ込む。
勇者が応接間で時間を稼いでいる隙に、ダリは再び忍び足で進み、
屋敷の奥――お嬢様アリシアの部屋の前に立っていた。
扉が静かに開く。
「……あなたは?」
驚くアリシアに、ダリは帽子を取り、深く頭を下げた。
「……オレは、クラリスと一緒に戦場を駆けたメンドウってもんだ」
「……姉の……クラリスの?」
「あいつが死ぬ前、これをオレに託した。いつか……妹に渡してくれって」
そう言って差し出したのは、銀色のペンダント。
アリシアが震える手で受け取ると、裏面に微細な文字が彫られていた。
『アリシアへ。
私が帰らなくても泣かないで。
あなたは笑って未来を生きて。
私の誇り、私の光。
愛してる。――クラリス』
アリシアの目から、ぽろぽろと涙がこぼれた。
「クラリス……お姉さま……そんな……そんな……っ!」
「オレも、あいつに……守られて、生き残った一人だ。
戦場での笑顔、最期の叫び……全部、忘れてねぇよ」
アリシアは、震える声でつぶやいた。
「ありがとう……私、強く生きる。クラリスの分まで」
「……そのためにも……ちゃんと紅茶くらい、入れられるようになれよ」
「え?」
「姉貴は言ってた。あんたの紅茶は、なんか粉っぽいって」
アリシアが吹き出す。
「ひどいわ……でも、ふふっ、それも姉らしい」
一方その頃、応接室では――
「勇者様、どうしてそのようにメイド服にこだわるのです?」
「いえ、メイドの尊さと奥ゆかしさを理解するには、まず実践からと思いまして」
「……奇抜な方ですね。でも、嫌いではありませんわ」
ブリジット・グレイの頬が、わずかに赤らんだ――
その瞬間、さっちゃんが壁の影からボソッと。
「え、これ、フラグ立った……? 職場恋愛……?いやいやいや、職場でそれやると後々めんどいから!っていうか勇者、魔王倒せよまず!!」
夕焼けが差し込む部屋で、アリシアは自らの手で紅茶を淹れていた。
「ふぅ……上手くいったかな」
「うまいよ。……紅茶ってより、姉貴の想いが詰まってるって感じだな」
ダリが一口飲んで、小さく笑った。
「これからも……来てくれる?」
「……メイドってのは、基本サボるもんだけどな」
「ツンデレね」
「ツンもデレもねぇっつーの!」
「いや、完全にあるから!テンプレ通りだから!」
さっちゃんの鋭すぎるツッコミが、部屋に響き渡った。
こうして
クラリスの遺志はアリシアへと継がれ、
ダリ・メンドウは、ほんの少しだけ、心の中の煙草を消したのだった。