第二話 蘇る戦場での記憶
午後の陽が傾く庭の片隅。
屋敷の裏手で、ダリ・メンドウは一人、静かに煙草をくゆらせていた。
手には、年季の入った一枚の写真。
そして、首から下げた黒ずんだ銀のペンダント。
それは、過去に封じ込めたはずの記憶を、否応なく呼び覚ましていた。
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【過去の記憶】
―数年前、戦場―
山岳の要塞陣地で、ダリの部隊は全滅寸前だった。
四方を魔族に囲まれ、弾も食料も尽きかけていた頃。
「負傷者の救助に来ました!」
と駆けつけた戦場の医療部隊の中に、クラリスがいた。
髪をくしゃくしゃに乱し、泥と血にまみれながらも、彼女は笑っていた。
「あなた……笑って、死ぬつもりですか?」
「死なないよ。だって、助けに来たんだもん」
その無謀なまでの優しさに、ダリは心を奪われた。
クラリスは、自らの命を削るように負傷兵たちを救った。
そして、ダリの傷口を縫いながら、こう言った。
「お願い……この戦争が終わったら、妹に会ってあげて。あの子には、私の未来も背負ってほしいの」
その直後、砲撃の爆音が響き、あたりは光に包まれた。
クラリスは助けた兵士をかばって、即死した。
遺体の傍らには、ちぎれたペンダントが落ちていた。
軍に配られる「戦死の紀章」。
戦場で命を落とした英雄の証として、胸元に着けるもの。
それを握りしめたダリは、声にならぬ誓いを立てた。
「生き延びたオレが、あんたの分まで……背負うしかねぇだろ……!」
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現在。
その時のペンダントを手にしたダリは、勇者アルベルトに向かって言う。
「この写真とペンダントを、クラリスの妹……アリシアに渡すのがオレの最後の戦場だ」
さっちゃんは口をとがらせながらも、目元をぬぐう。
「……ダリ、そういうの、最初から言いなさいよ。めっちゃかっこいいじゃん……チッ、泣くのは悔しいけどさ……」
アルベルトも、静かにうなずく。
「よし……一緒に届けよう。俺たちも、協力したい。」
その言葉に、ダリはかすかに笑った。
「おいおい……勇者様に泣かれたら、オレ、ますます逃げ場ねぇな」
首にぶら下げたペンダントが、夕陽に照らされて静かに光る。
そして彼女は、もう一度写真を見つめた。
「クラリス、アンタの願い……届けにいくぜ」
こうして、ダリの本当の戦いが始まった。




