第一話 メイドだってタバコ吸うわよ。
高鳴る鐘の音と共に、今日もとある大豪邸で
「ダリ! ダリはどこ行ったの!? またあの子サボってるんじゃないでしょうね!?」
怒鳴り声が屋敷中に響き渡った。
メイド長・ブリジットは、血管浮かせて階段を駆け上がる。
それを見て、他のメイドたちは目をそらし、掃除道具を持つ手が止まる。
「…あーあ、また始まったわ」
「ダリさん、今朝もパンケーキの皿だけ下げて消えたって…」
そのころ、裏庭の納屋
「……ダリィなぁ……」
日陰で一人、タバコをふかしていた少女がいた。
銀色の長髪を高く結び、黒いメイド服の上着を脱ぎ、椅子にもたれかかるように座るその姿は、
どう見てもサボっている新人メイドのダリ・メンドウであった。
だがその正体は――
かつて戦場を駆け抜けた伝説のスナイパー。
「白き死の女神」と恐れられた、魔族狩りのエース。
「メイドってのは、皿洗って、モップかけて、オヤジのケツふいて、そんなんばっかだろ……」
灰を落としながら、彼女は虚空を見つめてぼやいた。
「……なんであたしは、あんなクソかてぇ銃を捨ててまで、給仕の礼儀だの、カーテンのたたみ方だの、覚えなきゃいけねぇんだよ……」
「戦場のほうがよっぽど楽だったわ」
そこに現れる影
「それは、ちょっと興味深い意見だね」
「……ん?」
いつの間にか、背後に一人の青年が立っていた。
凛とした立ち姿に、どこか憂いを秘めた目――
彼の名はアルベルト。勇者にして、現在は「ゼロ部隊」のスカウト係。
「キミがかつての“白き死の女神”ダリ・メンドウか?」
「はぁ? なんであたしの戦場のコードネーム知ってんだよ」
「君の過去の戦果は調べた。魔王軍本陣での一斉狙撃、あれは君の仕事だったんだろ」
「……チッ、昔の話だ」
「ぜひゼロ部隊に来てほしい。君の技術は、まだ埋もれている。こんなところでタバコをふかしてる場合じゃない」
だが、ツンデレである
「……べ、別にあたしがどこでサボってようが、あんたに関係ないでしょ」
「でも、このまま腐っていくには――君はもったいない」
「っ……そ、それに……っ、あたしはもう戦いたくなんか……!」
彼女の瞳に、一瞬だけ揺れる記憶の炎―
誰にも見せたことのない、戦場の後悔。失った仲間たちの声。
「戦いたくないなら、守ればいい。無意味な戦いを止める力にも、君の技術は使える」
「……」
そして
メイド長の怒号が裏庭まで届く。
「ダリィーッッ!!いい加減にしなさい!!次サボったらクビですからねッ!!」
「……はあ……うっせえなぁ。ほんっとダリィわ……」
ぼやきながら、最後の一服を吸いきって煙を吐いた。
「ったく、あたしの休憩に、付き合ってくれるなんてヒマな勇者もいたもんだね」
そしてそっと、アルベルトの胸に指先を押し当てる。
「でも……スカウトの話、ちょっとだけ聞いてやってもいいわよ? …べ、別にあんたが気になるとかじゃなくてね!!」
「……ふふ。よろしく頼むよ、ツンデレメイドさん」
「はぁ!? だれがツンデレだ!!撃つぞゴルァ!!」
さっきまで手にしていたデッキブラシが、なぜか対物ライフルの構えになっていた。
ツンとデレの二重人格のダリ・メンドウであった。