第18話 亜空間 アビスゲート
「うおおおおおッ!! 来い、岩野郎こと魔人ゴーレム!!」
勇者アルベルトが絶叫し、白銀の剣を構えて飛び込む。
だが、魔人ゴーレムの拳が唸りをあげて迎え撃つ。
ドォン!!
地響きとともに、岩盤が砕け散る。
カキーン!
白銀の剣は厚い岩盤のような魔人ゴーレムの鱗ボディーにダメージ0で弾き返された。
「ちっ……全然効かねぇッ!!」
勇者たちが善戦するも、魔人ゴーレムの巨体はびくともしない。
魔人ゴーレムが両腕を天に掲げた瞬間、山の斜面が崩れ、無数の岩が空へと舞い上がる。
ズドォン! ゴゴゴゴゴゴ……!!
魔人ゴーレムの必殺技《岩石の雨》発動!!
ドドドドドドドドドドドッ!!!
空から信じられない数の岩が、怒涛の勢いで降り注ぐ。
バチィン!ドガガガッ!ズシャァアアッ!!
鋭く割れた岩が雨のように降り注ぎ、戦場を爆撃する。
勇者とシスターマリアが吹き飛び、地面へと転がる。
「きゃあああああ!!」
「くっ、シスターァ!! 回復魔法をっ……!」
「聖なる癒しよ、天より舞い降りし光の滴よ……」
シスターマリアが両手を組み、祈りを空に捧げる。
「傷を負いし者に、安息と再起を与えたまえ──《セラフィム・グレイス(天使の恩寵)》!!」
天空から金色の羽のような光が舞い降り、アルベルトの体に降り注ぐ。
砕けた白銀の鎧が修復され、裂けた肉体が滑らかに癒やされていく。
アルベルトが歯を食いしばり、剣を握り直したその瞬間──
魔人ゴーレムの巨大な拳が、一直線に彼へと降り注ぐ!
ドグォン!!!
「ぐはっ……!」
吹き飛ぶアルベルト。再び地面に激突し、岩の破片とともに転がった。
「う、嘘……今、回復したばかりなのに……!」
シスターマリアが悲痛な声を上げる。だが戦況は容赦ない。
それを遠くの山頂より見下ろしていた 魅惑の黒魔術師マーリンと反逆戦士のバルドル。
「まったく、何してんのよあの子……。ゼロの能力者って、ほんとにただの回復魔法だったの? それともステータス変化形?」
マーリンはイライラした様子でつぶやいた。
眉間に皺を寄せるマーリンの隣で、バルドルが鼻で笑った。
バルドルが口を開く。
「なんだよ、お前。じっと見つめちゃってさ。年取ると母性でも湧くのか?」
「……」
「“ゼロの能力者”? ふざけんなって話だよな。あいつ、祈ってるだけの飾りじゃねえか。お前の見る目も大したことねぇな、300歳のババア」
マーリンの目がピクリと動いた。
「お前さぁ整形までして、若作りして、結局使えねえ占いして……ほんと、お笑いだぜ。見苦しいよ、マーリン。女としても、占い術師としてもさ」
バルドルの口角が不敵に吊り上がった瞬間──空気が凍りついた。
「見てみろよ。ゼロの能力者はお祈りしてるだけで、勇者たちは死にかけ。お前の“お遊び占い”も、節穴だったんじゃねぇの?」
「……勇者に付き添いしゼロの能力者が、魔王軍に甚大なる被害と損害、破壊と混沌を生み出すであろう……」
悪魔王ガイアスの前で占った言葉をマーリンは考える。自分の占いは間違っていたのかと。
「それとも加齢で判断力が落ちたか? お前ももう三百歳だもんな。若作りもそろそろ限界だろ?いやぁ、すごいな整形って。どこの術師に頼んだんだ? “魔法整形外科”?」
その一言で、ついにマーリンの額の血管がぴくりと浮かんだ。
「……あー、もう分かったわよ。あんたが手柄ほしいんでしょ? いいわよ、譲ってあげる。そのかわり....後で泣いても知らないからね、バカが」
その声とともに、空間が震えた。マーリンの足元に黒紫の魔法陣が展開される。
マーリンが振り返り、指を鳴らした。空間が揺れ、風が逆巻く。
俺は慌てて、岩陰から飛び出し、震える手で薬草を取り出した。
「頼む……これで、少しでも持ちこたえてくれ!」
薬草を必死にアルベルトに塗り込む。
少しだけ、少しだけだが、彼の傷が癒えていく。
「っは……助かった、リスク……けど、もうみんな……!」
まわりは、倒れた勇者の姿。
シスターマリアも体力の限界で地面に膝をついている。
「クソ……全滅、しかけてる……」
その時。
マーリンは両腕をゆっくりと宙へ掲げ、指先が空を切り裂くかのように震える。その足元から魔法陣が浮かび上がり、暗黒の風がうねり始めた。
「闇より生まれし深淵の門よ。時空を裂き、すべてを呑み込め──《アビスゲート》!!」
裂けた空間が魔人ゴーレム頭上より捉えた。
「グ、グオオオオオ……ッ!? オレハ……クワレナイッ!!」
だが抗う暇もなく、巨体が千切れ、砕け、吸い込まれていく。
赤黒い魔核が絶叫するように震え、最後の抵抗を見せたが──
「もう遅いわ。亜空間へ接続、完了。おやすみなさい、岩くず──魔人ゴーレム!」
ゴオォォオオン!!
爆発的な吸引音とともに、魔人ゴーレムは完全に亜空間に吸い込まれた。
その存在は、もはやこの世界に残っていない。
静寂──。
粉塵が晴れ、マーリンがただ一人、山の上に立っていた。
「……これが本気の黒魔導士ってもんよ」
誰も、口を開けなかった。
勇者アルベルトとシスターマリアは唖然とし、反逆の戦士バルドルは青ざめたまま固まっていた。
魅惑の黒魔術師マーリンは何も言わず、くるりと背を向けてその場を去っていった。




