第七話 魔竜《ディアヴォルト》復活
空が、燃えていた。
まるで世界そのものが、地獄へと変わろうとしているかのように。
「……我が名は、闇の司祭カザール」
「ここに、世界の終焉を捧げる――!!」
その声は、地鳴りのように大地に響いた。
破壊された血の神殿の奥深く、《黙示の谷》に建てられた“屍の神殿”。
無数の人間が、逆さ吊りで天井から吊るされている。
老いた者、子ども、妊婦までも。
「命は等価だ。ならば貴様ら全員、生贄に値する。」
“ズルッ……ドボンッ”
大量の血が、魔方陣の核へと吸い込まれる。
カザールは微笑んでいた。
冷たく、虫けらでも見るように。
「これで、99の生贄が揃った。あとは…最後の鍵だ。」
そう言って、彼は自らの胸をナイフで刺した。
血が、蒼黒く輝きながら、空へと放たれる。
「師よ…貴方は甘かった。力なき理想に、裏切られて死んだ!」
「だが私は違う。この世界に“絶望”という真実を刻む!」
黒杖を掲げた瞬間、空が裂けた。
〈Mors ex Tenebris, Animarum Mille Flammae──〉
(死は闇より、魂は千の炎となれ)
〈Atrum Pactum, Rubedo Sanguinis──〉
(黒き誓約よ、赤き血潮に応えよ)
〈Vocare Draconem, Vetus Malum──〉
(呼び醒ませ、竜よ──古の災いよ)
〈Diabolus Dormiens Excitatur──!!〉
(眠れる魔を、いま目覚めさせよ!!)
祭壇の空が割れ、赤黒い雷が大地に降り注ぎ始める。
「献げよ、愚かな命どもよ!
その悲鳴が契約の代償!!
我は扉なり、深淵なり──
我が名はカザール!!
魔竜よ……
貴様の檻を、我が呪詛で復活をさせるッ!!」
ズドォン! ゴゴゴゴゴゴ……!!
ドドドドドドドドドドドッ!!!
谷の中心、赤黒く染まった魔法陣が地なりとともに震える。
“それ”は、そこから出てきた。
魔法陣の中心から、禍々しき漆黒の爪が、突き破って現れた。
次の瞬間、天を割るように咆哮が轟く。
「──グアアアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!!!!!」
魔竜。翼は嵐。牙は滅び。
その咆哮だけで、大地がひび割れ、空が黒く染まる。
「──グアアアアアアアアアアアアアアアアアァァッ!!!!!」
それは音ではなかった。
魂を削るような振動。
鼓膜を突き破るような絶叫。
理性を焼き尽くす呪詛そのものだった。
天に浮かぶ星々が、震えた。
魔竜が、翼を広げる。
その翼は、雷雲を巻き込み、竜巻を生む。
その眼は、存在するだけで命を喰う深淵。
咆哮ひとつで、谷の魔族たちが泡のように崩れ落ちていく。
空気が震え、大地が軋み、時さえ止まったようだった。
カザールが狂ったように笑う。
「見よ、これこそが“真理”だ!
平和など夢幻! 幻想!
世界を統べるのは、唯一絶対の力のみッ!!」
その姿にさっちゃんが思わず叫ぶ。
「お前が一番幻想に縋ってんじゃねーかあああああああ!!!」
「誰だよ! 魔導士の弟子だった奴が、こんなRPGラスボスコース踏むなんて聞いてねぇよ!? ねぇ誰台本書いたの!? 書き直してぇええ!!」
しかしその絶望を、ただ一人。静かに打ち払う者がいた。
アイゼンハワードことアル様。
爆風で舞うマントを背に、白髪をなびかせながら、堂々と前に進み出る。
彼は魔竜ディアヴォルトを睨みつける。
そして、ゆっくりと呟いた。
「……吠えるな、獣。」
「その声に怯える者は、もういない。」
「この空は、貴様のものじゃない。
絶望の吐息などで、染めさせはしない。」
そして、指を前に突き出し、静かにだが力強く言い放った。
「闇に堕ちた者よ。
この世界の平和を、取り戻すために 俺が“魔竜”を断つ。」
仲間たちの背筋が、ぞくりと震えた。
だがそれは恐怖ではない。
希望だ。
その言葉に、力を得た乗組員たちが次々と前を向く。
さっちゃんが、小さく、でも確かに呟いた。
「……やっぱずるい。全部持ってっちゃうんだから……」
「でも……イケメンって、そういうもんよね……!」
乗組員たちが、震える脚を支え、武器を取る。
「奴が支配しようとする世界など、渡せるか」
「立ち向かうぞ。……これは、俺たちの世界だ!」
さっちゃんが涙目でツッコミを入れる。
「くっそぉー! なんでいつも最後はイケメンが持ってくのよ!
私が頑張ってたじゃん!? 魔導センス光らせてたじゃん!? ねぇ!? 今こそMVPじゃなかったの!?」
魔竜の咆哮と、仲間たちの決意が交差する、決戦の夜明けが、今始まろうとしていた。




