第三話 カンナ姫の複雑な思い
飛行船《アストラ=バルムガンド》の艦内が、祝いの雰囲気に包まれていた。
「世界を救った英雄、村人リスクとシスターマリアが結婚!」
報せを聞いた乗員たちは、歓声を上げ、即席のパーティーを開いていた。
グラスが鳴り、笑い声が弾け、さっちゃんが「祝ってやるわよ、このやろー!」とシャンパンを魔法で振り回す始末。
だが、その賑やかさから離れ、甲板で一人、夜風に吹かれる影があった。
それはカンナ・アイゼンベルグ・ルーベン・ヘルツ。通称、カンナ姫。
彼女の金の髪が風にたなびく。星空の下、彼女は静かに、目を伏せていた。
(あの時…)
思い出すのは、あの戦いの最中。地竜ティアマットの咆哮が空を裂き、仲間が次々と倒れる中、
彼だけが、最後まで諦めなかった。
「“ゼロの力”を使う、みんなを守るために……!」
そう言って、彼は無限に広がるゼロ領域を発動し、敵の攻撃をすべて無力化した。
あの背中。あの決意。
不器用で、村人で、何も持たないはずの彼が、自らの命を懸けて皆を守った姿に私は心を奪われた。
(でも……それはもう、終わった恋だったのよね)
「……くそ……」
唇を噛む。涙はこぼれない。ただ、胸の奥で何かが痛んだ。
「カンナさん、夕飯できたっすよ」
その時、不意に背後から声がした。甲板に上がってきたのは、筋骨隆々の男、エリックだった。
「いらないわ」
「もしかして、カンナさん……お腹くだしたんですね。俺が代わりに夕飯食べておきましょうか?」
「バッかじゃないの、あんた本当に乙女心がわからない脳筋バカね!」
「えー!? 俺、変なこと言いました!?」
「あーもう、今日は無性に暴れたいの! 夕飯終わったら、あんたここで格闘練習つきあってくれない!?」
「いいっすよ〜。デザートももらっていいっすよねぇ」
「死ね!!」
そのままエリックは去っていったが、夜の甲板には戦いの音が響き続けた。
ガンッ! ガンッ! ドォン!
拳とハンマーが空を切り、叫びと汗が混じる。
カンナ姫のグラン=ツァンハンマーが、夜空に火花を咲かせる。
「はぁ……はぁ……」
「ぜい……ぜい……」
夜明け前、二人は並んで空を見上げていた。
「なんか、暴れたら……スッキリしたわ」
「よくわかんないっすけど、スッキリしたなら良かったっす……」
次の日。
カンナ姫の姿が一変していた。
金髪はアップにまとめられ、気品と大人の落ち着きを感じさせるスタイルに。
「これで……新しい恋を始める準備ができたわ」
廊下の向こうから、エリックがやってくる。
「あれ? カンナさん……」
「どう? 似合う?」
「今日は機嫌がいいっすねぇ。なんか、いいことでもあったんですか?」
「……死ね、筋肉バカ!!」
エリックは「また怒られた……」と首をかしげつつも、どこか満足げに去っていく。
カンナ姫は、その背中を見送りながら――
(まぁ……悪くないわね、このバカ)
小さく、笑った。