第十一話 魔王との対話
魔界の門を越え、俺たちはついに魔王城へとたどり着いた。
巨大な城門が静かに開かれると、そこにいたのは玉座ではなく、古びた回廊の奥に佇む一人の男だった。
その瞳に深い哀しみを宿した魔王
ガルヴァ・ネクロデス。
あの《黄泉の鏡の間》で見た、かつての若き知恵者の面影は、確かに残っていた。
「よく来たな、人間の子たちよ。そしてアイゼンハワード、また会ったな」
アイゼンハワードが一礼する。
その背で、さっちゃんが「うさんくさい再会ね」とぼそりとつぶやいた。
俺は王からの停戦の書簡と、“ゼロ部隊”発足の許可証を差し出す。
「王は、あなたに停戦を申し入れるよう言った。そして、俺たちで新しい秩序を築こうとしている。過去に交わされた《誓約の白焔》──あれを、今度こそ実現するために」
その言葉に、魔王の表情が変わった。
「……“誓約の白焔”か。懐かしい名だ」
ガルヴァは玉座の背後に飾られた剣に視線を移した。
人間の勇者、レオン=アズレアスの剣だ。
「かつて、私は人間を信じていた。彼と共に夢を語り、理想を描いた。だが……」
魔王の手が静かに震える。
「人間は、私を裏切った。あの盟約の日、レオンは……私を討とうとしたのだ。『やはり魔族は脅威だ』と。あの日、私は知ったのだ。人間は“恐怖”には勝てないと」
城の高窓から差し込む薄明かりが、魔王の頬に流れる一筋の涙を照らす。
「だが今、君たちが再びそれを信じようとしている。それが……どれほど、愚かで、勇敢なことか。私は……人間を見くびっていた。君のような者がまだいるとはな」
その時、魔王の背後から現れた老魔族の家臣が叫んだ。
「陛下! 人間との再びの和平など、愚行ですぞ! 我らの怨念を忘れたのですか!」
しかし、魔王は静かに手を挙げてそれを制した。
「違う。我が憎しみが、未来を縛っていた。ならば今こそ──この鎖を断つときだ」
そして、魔王は俺の前に進み出て、静かに右手を差し出した。
「勇者でもない村人に問う。ゼロの能力者リスクよ。君は本当に、人間と魔族が共に歩む未来を信じられるか?」
俺は迷わず、その手を握った。
「……信じる。誰かが信じなきゃ、始まらないからな」
その手は、あたたかかった。
かつて果たされなかった約束が、いま、再び交わされる。
玉座の間に再び火が灯された。
それは、かつて勇者レオンと魔王ガルヴァが共に誓いを交わした時に使われたという、白き炎──誓約の白焔。
「この白焔が灯る時、虚偽は焼かれ、真実だけが残る」
アイゼンハワードが静かに口にする。
彼はかつてその場にいたわけではないが、その記憶を“知っている”存在だった。
白焔の炎は揺らめきながら、魔王と俺、そしてゼロ部隊の面々を包む。
その炎に身を晒しながら、俺は口を開いた。
「人間も魔族も、自分の都合でしか語らない。正義と悪など、立場が違えば簡単に入れ替わる。だがこの白焔の前では、嘘は燃やされる。だから……」
俺は、王の署名入りの停戦書簡を読み上げた。
それは正式な王命としての「停戦と和平交渉の容認」を意味する。
魔王は頷き、黒曜石のペンで名を記した。
その瞬間、白焔が一段と高く燃え上がった。
それは、新たな停戦の盟約の成立を告げる合図だった。
俺たちは、ついに平和への一歩を踏み出しのだった。