第3話 黒潮の牙
南蛮航路、二日目。
順風。
帆は美しく張り、船団は隊列を保っていた。
銀と硫黄を積んだ船腹が、
未来の重さを抱えて進む。
甲板に立つ僕の胸は高鳴っていた。
「いける――」
その時だった。
見張りが叫ぶ。
「潮が変わるぞ!」
海の色が、変わった。
深い群青が、黒に沈む。
海面が不自然にうねる。
黒潮。
その牙が、静かに迫っていた。
風向きが急変。
突風。
帆が裂ける音。
「帆を絞れ!!」
だが遅い。
雷鳴。
豪雨。
波高、三間。
主帆柱が、嫌な音を立てる。
バキッ
折れた。
甲板に倒れ込む木材。
悲鳴。
転げ落ちる船員。
船団は一瞬で分断された。
霧と雨に視界を奪われ、
三隻が見えなくなる。
その中に――
最も積載量の多い一隻があった。
「……見失った。」
血の気が引く。
ここで沈めば終わる。
会社も、信用も、夢も。
僕は歯を食いしばる。
「全部守る!」
その瞬間、
低く通る声が響いた。
暴風の中、
大友宗麟の声だけが揺れん。
「損切りを恐るっな。」
「守いもんは“信用”じゃ。」
「無理して追うな。残っちょる三隻を生かせ。」
僕が叫ぶ。
「でも一隻が!」
宗麟、鋭く睨む。
「全部掴もうとする者は、全部落とすっど。」
舵を切る。
追撃を捨て、
生存優先へ。
折れた帆柱を切り離す。
積荷の一部を海へ投げる。
銀が沈む。
嵐の中、宗麟が怒鳴る。
「投げい!迷うな!」
「命あっての商いじゃ!」
嵐が去り、
一隻は戻らなかった。
帰港。
怒号が飛ぶ。
「話が違う!」
「倍返しどころか損失だ!」
ざわめく港。
宗麟が一歩、前に出る。
「嵐は敵じゃなか。」
静まり返る。
「海に出る者にとっちゃ、嵐は前提じゃ。」
「わいらは逃げたんじゃなか。」
「二隻は守った。」
「約束は果たす。」
目が燃える。
「じゃっどん、命削る商いはせん。」
「信用ちゅうもんはな、生きて帰って積むもんじゃ。」
沈黙。
怒号が止まり、
計算のざわめきへ変わる。
夜。
僕が呟く。
「ここで死んでいたら、全部終わりだった。」
宗麟、海を見たまま。
「終わらん。」
「覚悟んある者はな、一度や二度じゃ潰れん。」
そして低く言う。
「自然を舐むっな。」
「慢心が一番の敵じゃ。」
波音だけが響く。
南蛮航路物産株式会社。
「利益はまだ無か。じゃっどん生き残った。」
宗麟が最後に言う。
「海は甘くなか。」
「じゃっどん、覚悟ある者にだけ道を開く。」
黒潮は教えた。
最大の敵は、人でも、海賊でもない。
自然。
そして慢心。
南蛮航路物産株式会社。
最初の利益は出ていない。
だが、最初の“生存”を勝ち取った。
海は甘くない。
だからこそ、挑む価値がある。




