第九話 俺たちが始める、“ゼロ”
「人類は進歩もしないし、調和もしない──」
それは、かつて一人の偉大な芸術家が言った。
そして今、俺の胸に重くのしかかっている。
俺とアイゼンハワードは、魔界から旅立ち、ついにここまで戻ってきた。
俺と勇者が最初に出立した、人間の王国。
始まりの場所、そして再び問い直す場所。
玉座の間は、かつての仲間たちの帰還に湧いた…はずだった。
だが、俺の提案が口から出た瞬間、空気は一変する。
「魔王を目前にして、和平!? そんな話、狂気の沙汰だ!」
「今こそ魔族を討ち滅ぼし、千年の平和を勝ち取る時ぞ!」
「和平など口にする勇者が、かつていただろうか!」
人間の大臣たち、将軍たちの怒号が飛び交う中、
王だけは静かに、黙って俺を見ていた。
そして王は重い口を開いた。
「和平を目指した勇者は……確かに、過去にいた。
だが……その願いは、果たされることはなかった」
「俺は、その続きをやりに来たのです」
俺は一歩前に出て言い切った。
「魔族と人間の混合による、条約を監視・執行する国際組織“セーフガード”を設立する。
そして、その中核として違反を取り締まる“ゼロ部隊”を暫定的に発足させたい」
その言葉に、再び議場は揺れた。
「腐敗したらどうする!?」
「結託されたら!? その中の一強が暴走したら!?」
鋭い疑問が突き刺さる。
でも、今回は俺は黙ってはいなかった。
「だからこそ、“今”始めるんです。
実験的に、暫定的に動かす。
最初は小規模でいい。信頼できる者だけで。
結果を見せてから、本格導入すればいいんです」
その時だった。
「村人だったら俺を入れろ、リスク」
かつて反逆の戦士と呼ばれたバルドルが、静かに進み出た。
「お前が変えるというなら、俺はその手伝いをする。」
「俺もだ」
髭を撫でながら、豪快に笑ったのは海賊戦士・エリック。
「こんなくだらん戦ばかりじゃ海も死ぬ。 海の自由を守るためにも……平和ってやつ、賭けてみる価値はある」
「レジスタンスのナカムラ、いざ参戦する」
暗がりから現れたのは、地下都市の自由の戦士だった。
「お前の言葉には……熱がある。 俺はそういう熱に賭けてきた。今回も同じだ」
「ドワーフ王国、第三王女カンナ」
背は小さいが、誇り高い声が響いた。
「技術と知恵の民として、秩序と監視の設計に加わらせてもらうわ。 バカ力だけじゃ、平和は守れないでしょ?」
一緒に戦ってきた頼もしい仲間たち。
そしてそれは、王の心にも何かを灯したようだった。
「……停戦から始めよ。 だが、ゼロ部隊の暫定運用は、我が王国として組織を認めよう」
静かな決断だったが、確かな一歩だった。
戦争を止められる保証などない。
理想がすぐに実を結ぶわけでもない。
でも──
今なら言える。
「俺たちが始める、“ゼロ”からの再構築だ」
ただ、“始まるための前段階”。欲望が渦巻くこの世界において、
理想が本当の意味で実現してゼロの部隊が立ち上がるには
まだ、もう少し時間が必要だ。