第八話 和平への道
かつて――人間の王と魔王は、歴史的な和平条約を結んだ。
だが、その約束は儚くも破られた。
戦争は再び始まり、血は流れ、信頼は地に堕ちた。
「……理由は簡単だ。守らせる“力”がなかったからだ」
俺は静かにそう呟きながら、焼け焦げた条約の残骸を見つめていた。
「あのとき、違反した側に何の罰もなかった。理念だけでは世界は変わらない」
さっちゃんが頷きながら、手元の書類にメモを書きつける。
「“善意だけに頼った契約は、破られるために存在する”ってメモっときますね、リスクくん」
「うん……その通り……」
俺は口を開く。
「だからこそ、次は“違反したら滅びる”という明確な抑止力を持たせたい。
もし条約が破られたときは、俺ゼロの能力者が、その世界を滅ぼす。これを条文に明記するんだ」
「大胆だけど、現実的だ」
そう言ったのは、アイゼンハワードだった。魔界の貴族が俺の提案に頷いてくれた。
「ただし……」
彼は鋭く言った。
「お前が死んだら、その制裁も意味をなさない。永続性が必要だ」
「……っ、確かに」
「それってつまり“自分の命の間だけ平和守ります”ってことですよ? 短すぎる! もっと長持ちして!」
さっちゃんのツッコミが、優しさと毒をまぜて飛んでくる。
俺は考えた。
「……ならば、“組織”を作ろう」
そして口にした。
「魔族と人間の混合部隊による、条約を監視・執行する国際組織、“セーフガード”を創設する。そして、条約違反者を違反を取り締まる精鋭の“ゼロ部隊”を設けるんだ」
その場が一瞬、静まりかえった。
「……いい案だ」
アイゼンハワードが口を開いた。
「混成組織なら双方からの監視が働く。裏切りづらくなる。お前の“ゼロ”の力も、脅しではなく秩序の一部として機能するだろう」
「セーフガード……ゼロ部隊……ふふ、いいじゃない」
さっちゃんがにやりと笑う。
「名前のダサさ以外は満点です。ロゴは私がデザインしておきます。ダサさ軽減で」
「……うぐっ、そこは重要じゃないだろ!」
だが、俺は一つの懸念を口にせざるを得なかった。
「問題は……魔王を説得できるかどうかだ」
「……あの男は頑固で、自分の都合しか見ない。平和より支配を好む」
アイゼンハワードが苦々しく言った。
「貴族の俺が話しても、聞く耳は持たないかもしれない」
「だが、お前なら、魔王に伝えられる。先代からずっと魔王に仕えていたからこそ、できることがある」
アイゼンハワードはしばらく沈黙したあと、まっすぐ俺の目を見て頷いた。
「……わかった。俺は魔王を説得しよう。お前が未来をかけてこの制度を考えたのなら、俺も命をかけてあいつを動かす」
俺は右手を差し出した。
アイゼンハワードも無言でその手を握る。
「俺は人間の側に王に向かう。魔王との交渉は、アイゼンハワードが引き受ける」
俺がそう言うと、アイゼンハワードは微笑んだ。
「……なら、ちょうどいい。どちらが難しいか、競ってみるか?」
「やめてくださいよ……アル様ってばうまくいかないと交渉のときすぐキレるから……」
さっちゃんがぼそっと言い、場の空気が少し和んだ。
そして俺たちは、人間と魔族の和平を目指し、それぞれの道を歩み出した。