第七話 魔王の過去
魔界の夜は長い。
星は赤く滲み、風は過去の叫びを運んでくる。
映画の祭典が終わり、街には静けさが戻っていた。
だが俺の中では、まだ何かが燃えていた。
あのトイレで魔王ガルヴァ・ネクロデスが語った「人間たちが我らを追いやった」という言葉──
そして王から届いた、たった一行の書簡。
「真実は墓場までもっていけ」
俺は知りたかった。
すべての始まりを──
そして、魔王の“怒り”の正体を。
魔界の最深部《黄泉の鏡の間》。
そこには、過去の記憶を映す魔界遺産「哭きの鏡」が眠っているという。
アイゼンハワードが特別なルートでその場所を手配してくれた。
「危険だけど、君には見る資格がある。見た後、後悔しないとは限らないけどな」
俺はたった一人でその鏡の前に立った。
深紅の魔水晶が光を放ち、俺の記憶と同調する。
すると、鏡の奥に朽ちた過去の時代の風景が広がった。
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【過去の映像】
──そこには、若き日の魔王ガルヴァ・ネクロデスの姿があった。
まだ“魔王”ではなかった頃の彼は、ひとりの知恵者として、人間たちと交流していた。
その隣には、堂々たる剣士。
かつての人間界の勇者──レオン=アズレアス。
彼らは共に戦った。
魔獣の脅威に対して、人間と魔族が肩を並べた時代が、確かにあったのだ。
そしてある日、二人はある“約束”を交わした。
「互いの世界を侵さず、境界を保つ。争いを終わらせ、共存を未来へつなぐ」
それが、勇者と魔族の盟約《誓約の白焔》。
炎の中で契られたその誓いは、互いの魂を刻印し合う、絶対の約束だった──はずだった。
だが。
鏡の映像が、血に染まる。
燃え上がる魔界の辺境。
蹂躙される魔族の村。
無慈悲に剣を振るうのは、かつての人間たち。
そして、その先頭にいたのは……老いた、レオン=アズレアス。
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「……誓いは、破られた」
背後から、重い声がした。
俺は振り返る。
そこには、なんと魔王ガルヴァ・ネクロデスが立っていた。
「勇者だった奴は人間の王となり、誓いを破った。和平は夢物語だった。我らはただ、裏切られ、追われ、魔界へ閉じ込められた」
「……でも、あなたはまだ、人間の言葉を理解しようとしていた。なぜです?」
「……レオンの“あの時の顔”が、忘れられぬ」
魔王の声が、震えていた。
「友だと思っていた。共に未来を築けると信じた。だがあいつは、私の前で言った。『人間の世界のために、お前らには消えてもらう』と……」
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俺は、拳を握った。
人間は、そんなことを……
だが王の書簡は、その裏付けだったのかもしれない。
俺は聞いた。
「魔王……それでも、あなたはトイレで俺に真実を話した。それはなぜですか?」
魔王は、わずかに口元を緩めた。
「俺は、今でも“あの時の未来”を夢に見る。 レオンと交わした、あの誓いの未来をな……」
「……」
「だからこそ、お前たちの動きに関心を持った。 お前が“ゼロの能力者”ならば、選べる。
人間の手先として戦うもよし、あるいは、真実を胸に、別の道を探るもよし」
その瞳の奥にあったのは、憎しみではなく……哀しみだった。
俺は、魔王に深く頭を下げた。
「……ありがとうございました。俺は……この真実を、どうするべきか、もう少し考えてみます」
魔王は静かにうなずいた。
「墓場まで持っていくもよし。叫び広めるもよし。
お前は、選べる立場にある。それが“ゼロの能力者”の特権だ」
風が吹いた。
涙のような灰が舞う。
俺はその灰の中で、拳を握り、ひとつ誓った。
「俺は、嘘で始まったこの戦いに、真実で終わりを迎えさせる、魔族と和平の道あるかもしれない。」
その夜、空を仰ぐと、魔界の月が人間の世界と同じ形をしていた。