第六話 魔界の映画の祭典
魔界エンターテインメントの最大の都市・ハリハリウッド。
その心臓部、闇の劇場には、魔界中から名だたるクリエイターと悪魔たちが集っていた。
今宵は魔界での年に一度の一大イベント 魔界アカデミー賞の授賞式。
漆黒のレッドカーペットを歩くのは、闇の女優グール・ベティ、首なし監督バフーン=レッド、七つの頭を持つ脚本家たち。
そして、審査員として姿を現したのは……あの伝説の存在、
魔王ガルヴァ・ネクロデス。
「ほんとに来てんのかよ……」
俺は、使い魔のさっちゃんと出資者・アイゼンハワードとともに、異形のパーティー会場を彷徨っていた。
勇者アルベルト、マーリンお姉さま、シスターマリアは今回はホテルで留守番。
この空間は、善良な者にはあまりにも毒が強すぎる。指名手配犯だし魔界の四天王のだし可愛いし
司会の10つ目の悪魔がミャックミャックが高らかに叫ぶ。
「第49回──魔界アカデミー賞・最優秀映画賞は……」
ドラムロールならぬ骨太鼓と絶叫合唱が響く中──
「『パイがパニック』!!」
一瞬の沈黙。そして爆音のような歓声が会場を突き破る。
「フゥオオオオーーーッ!!!!!」
壇上に躍り出たのは、我らが出資者、アイゼンハワード!
金色のステッキを回し、美貌を輝かせ、両手を天に掲げて吠えた。
「バカにされた作品こそが栄光を手にする!それが魔界エンタメだッ!」
「……本当にバカだったんだよ、あの映画……」
さっちゃんがぼそっと呟く。
「そうだ、あれだろ。焼いたパイが意思を持って人間の記憶を食い荒らす……」
「あの人間界の映画をパクるんじゃパクるんじゃねぇよって全方位から言われた作品だな」
俺も苦笑いを浮かべるが、アイゼンハワードは大真面目だ。
「リスクくん、俺たちは夢を現実に変えたんだ。いや……悪夢を現実に変えたのかもな」
だがそのとき、俺の心には別の炎が灯っていた。
この奇怪な夜のなかで、魔王ガルヴァ・ネクロデスと直接会って、どうしても聞きたいことがあった。
「……やっぱ、探しに行くか」
そう呟いて、俺は会場を抜け出した。
だが、魔王の姿はどこにも見つからない。まるで空気のように消えている。
焦った俺は、ひとまずトイレへと向かった。
そこで──異変に気づく。
大便の個室の一つから、禍々しい暗黒のオーラが立ち昇っていたのだ。
「……まさか」
俺は恐る恐る、声をかけた。
「す、すみません……もしかして、魔王ガルヴァ・ネクロデスさんでしょうか……?」
沈黙。
次いで、重く、低い声が返ってくる。
「……そうだ。貴様は……?」
「私、リスクと申します。ゼロの能力者で、今、人間界から来ています。目的は、魔王を打倒するため……でしたが……」
俺は深呼吸をして続けた。
「あなたに……直接聞きたい。なぜ、あなたたちは人間界を侵略しようとするのか?」
沈黙。
流れるのは、トイレの配管音と、魔界特有のゴボゴボした排水音。
そして、魔王は静かに言った。
「……侵略ではない。人間たちが我らを魔界へと追いやったのだ」
「……え?」
「我らは元々、共に在った。だが、光の者たちが、闇を恐れた。理解できぬものを、拒んだ。歴史の始まりに、人間が魔界を作ったのだ」
俺は言葉を失った。
この場所が、ただの異界ではなく──かつての人間の罪の果てにあるというのか?
魔王は続けた。
「闇に追いやられた我らは、闇でしか語れぬ。だがそれを侵略と呼ぶのか?」
「……」
祭典は終わり、狂騒と喝采の余韻が闇に吸い込まれていく。
「リスク、どうした顔してんのよ」
宿泊先の高級ホテルへと戻ってきた俺に、さっちゃんが言った。
「……ちょっと、パイにやられたみたいだ」
「それ食うと頭おかしくなるって言ったろ!」
魔界の夜が明けても、俺の中にはまだ、暗闇が渦を巻いていた。
俺は震える手で、王へと報告の手紙を書いた。
そして数日後、届いた王からの返書には
「「「真実は墓場までもっていけ」」」
たったそれだけが記されていた。
だが俺の中では、始まったばかりだった。
“真実”とは何か。
誰が、何を、隠しているのか。俺の魔王への思いは複雑になるばかりだった。




