第5話 槍の高田又兵衛。守備範囲が長すぎる男
舞台は豊前・小倉。
河原に設営された簡易野球場。
剣豪ズ再建途中の武蔵の前に、
一本の“異常”が現れた。
それは長い。
とにかく長い。
いや、長すぎる。
高田又兵衛
宝蔵院流高田派槍術祖。
槍の名手。
守備範囲、異常。
本人は至って真面目だが、
装備が完全に野球向きではない。
武蔵がバットを構える。
「今日は野球だ。剣じゃねぇ」
「承知」
又兵衛が持ち出したのは竹製・十文字“バット”
全長、三メートル超。
観客、ざわつく。
「……長くね?」
「外野まで届くぞ、あれ」
試合開始
投手・武蔵。
剛速球を投げ込む。
が。
カン。
又兵衛、
バッターボックスから一歩も動かず
バットを“置いたまま”当てる。
「……当たった!?」
ボールはコロコロ転がる。
だが。
武蔵が一歩踏み出そうとした瞬間。
スッ
又兵衛のバットが
一塁方向を封鎖。
「……行けねぇ」
二塁方向。
スッ
三塁方向。
スッ
ホームベース前。
ズン
又兵衛、微動だにせず。
「守備でござる」
「守備ってレベルじゃねぇ!!」
審判、混乱
「えー……えーと……」
「走者が……進めません……」
「バットが……長すぎます……」
武蔵は中段に構える。
又兵衛のバット(槍)が突き出される。
一度、かわす。
二度、かわす。
三度目。
バットの先が
武蔵の股間スレスレへ。
武蔵、即座に手を挙げる。
「……それがしの負けでござる」
観客、ざわっ。
だが又兵衛、首を振る。
「いえ」
「本日は野球の御前試合」
「それがしは卑怯でござる」
審判「え?」
又兵衛、淡々と説明する。
「バットは長い」
「刀(=通常バット)は短い」
「長いものには七分の利がある」
「それにもかかわらず、 三合しても完全には打ち取れなかった」
「ゆえに」
又兵衛、バットを地面に投げ捨てる。
「それがしの負けでござる」
観客
「理屈がめちゃくちゃだ!!」
「でも納得してしまう!!」
武蔵、爆笑。
「……あんた、卑怯だな」
「褒め言葉でござる」
スカウト成立
武蔵、手を差し出す。
「うちに来い」
「剣豪ズだ」
「その守備範囲、 忍者でも無理だ」
又兵衛、少し考え
「ただし条件がある」
「バットは短くしない」
「守備は全部、わしがやる」
こうして誕生した。
・一塁〜三塁を一人で守る男
・フライは全部“槍で突く”男
・しかし打撃は一切できない男
槍は長く、守備範囲も長く、
だが打席では一歩も動かなかった。
ただ正直であった。
それゆえ剣豪ズに必要な男であった。
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高田又兵衛とは?
高田又兵衛は、宝蔵院流高田派槍術の祖とされる実在の槍術家です。宝蔵院流は、奈良・興福寺を拠点とした十文字槍で有名な槍術流派
高田派はその中でも実戦性が高く、豪胆な槍働きで知られました
又兵衛は「名人級の槍使い」として各地の記録に登場します
寛永9年(1632年)
豊前・小倉(現在の福岡県北九州市)
小倉藩主:小笠原忠真
このとき
宮本武蔵
武蔵の養子・宮本伊織
高田又兵衛
は、いずれも小笠原忠真に随行して小倉へ移ってきていました。
仕合いの経緯
藩主・小笠原忠真が、
「名人同士、ぜひ一度手合わせを見たい」
と命じます。
武蔵も又兵衛も
「御前試合は遠慮したい」と一度は辞退しますが、
藩主の強い命により、やむなく立ち合いが決まります。
又兵衛:竹製の十文字槍
武蔵:木刀
この頃の武蔵は二刀流ではなく一刀
武蔵は中段に構え、
又兵衛の鋭い突きをかわします。
一突き目 → 回避
二突き目 → 回避
三突き目 → やや流れ、武蔵の股間へ入る
この瞬間、武蔵が即座に言います。
「さすが又兵衛殿。それがしの負けでござる」
それを遮るように、又兵衛はこう返します。
「本日は御前ゆえ、勝ちを譲ってくださったのであろう」
つまりお、お互いが相手を立てて引いた形です。
勝敗が見えないまま、
突然、又兵衛が槍を捨てて「参った」と言ったとされます。
驚く藩主・忠真に対し、又兵衛はこう説明します。
「槍は長く、剣は短い」
「長い得物には七分の利がある」
「それでも三合しても勝てなかった」
「ゆえに、長い武器を持った私の負けでございます」
忠真は両者の技量に大いに満足したとあり、
勝ち負け以上の価値があった仕合いとされています。




