第2話 投げると打つ二刀流? じゃあ両方やればいいじゃねぇか
春先の河原。昨夜の試合の跡が、まだ土に残っていた。
焦げた白球。
折れたバット。
踏み荒らされた白線。
その真ん中で、宮本武蔵は一人、立っていた。
「……くそ」
まずはバットを握る。
構えは完全に抜刀前。
「せいっ!!」
ブン、と空を切る音。
重心が前に流れ、足がもつれる。
「ちがう……」
次は刀を抜く。
こちらは迷いがない。
シュッ――
刃が風を裂き、河原の空気が変わる。
「……やっぱこっちはいける」
武蔵は眉をひそめた。
バット。
刀。
どちらも“振る”のに、
体の使い方が微妙に違う。
「なんだこれ……」
再びバット。
また空振り。
刀。
完璧。
武蔵は、ついに混乱した。
「野球ってのは……剣じゃねぇのか?」
右手に刀。
左手に――バット。
どちらも、振り慣れたはずの“武器”。
「……なんでだ」
ブン、と刀を振る。
風が切れる。
次に、バットを振る。
やはり風が切れる。
「同じだろ……?」
だが、同じではなかった。
刀は“斬る”ための円。
バットは“打つ”ための弧。
武蔵は眉をひそめる。
「剣は生き物だ。 相手の呼吸を斬る」
「……でも野球は、 球が来るのを“待つ”」
待つ?
武蔵の中で、
何かが引っかかった。
武蔵は、関ヶ原で身につけた剛速球を持っていた。
石を投げれば、鉄兜を凹ませる速度。
だが、河原で投げる球は、真っ直ぐすぎた。
「ドンッ!!」
捕手役の兵が、
三歩後ろへ吹き飛ぶ。
「……強すぎる」
武蔵は舌打ちする。
「これじゃ、戦場だ。 野球じゃねぇ」
彼は球を握り直した。
力を抜く。指先だけに意識を集める。
「剣は…… 全部で斬らない」
「一部だけを、使う」
スッ――
次に投げた球は、途中で“落ちた”。
「……?」
捕手が、地面に転がる球を見て呆然とする。
「今の……なんだ?」
武蔵は、目を見開いた。
「……落ちた?」
もう一球。
指を少しずらす。
手首を返す。
球は横に、変化して逃げた。
「……変わった」
その瞬間、武蔵の背中に、ぞくりとした感覚が走る。
武蔵はバットを握り直した。
これまでの彼は、上から叩き斬るように振っていた。
剣と同じだ。
だが
ブォーーン!
空振り。
「……違う」
地面を見る。
草を見る。
空を見る。
「剣は、上から斬る」
「でも……球は下から、来る」
武蔵は、膝を落とした。
腰を溜め、下から、円を描く。
ブンッ!!
★カーン!
乾いた音。
打った石は、高く、高く、夕焼けの中へ消えていった。
「……飛んだ」
武蔵は、笑った。
「そうか……」
「剣は、殺すための道」
「だが野球は、 “生かす”ための円だ」
二刀流の完成
その夜。
僕と弥助が河原に来ると、
宮本武蔵は汗だくで、笑っていた。
「なぁ大将」
「俺、わかったぞ」
「何をだ?」
武蔵は、刀とバットを同時に持ち上げた。
「使えるもんは、全部使えばいい」
「剣も、投げる」
「球も、斬る」
「打つし、投げる」
「二つあって、一つだ」
弥助が大笑いする。
「ソレ、二天一流ダナ!」
武蔵は鼻で笑った。
「名前はどうでもいい」
「でもよ」
彼は夕焼けを見上げ、
静かに言った。
「忍者に負けたままじゃ、終われねぇだろ」
その背中は、もう“戦国の剣豪”ではなかった。
剣と野球を背負う、唯一無二の男。
宮本武蔵。二刀流、ここに開眼。




