第8話 町が選び始める。
朝の駅前は、いつもより少し早く目を覚ました。
コインパーキングの白線の間に、簡易テントが並ぶ。
かつて八百屋だった人が、軽トラックの荷台に野菜を並べ、
元文具店の主人が、段ボールに折り紙と鉛筆を置く。
「朝のとりたてや、今日はええやろ」
値札は手書き。字が少し曲がっている。
空き地では、町内会のおばあさんたちが
ゴザを敷き、やかんを火にかける。
駐車場の端に、竹が組まれ、
水が流れ始めた。
流し素麺。
車のための場所に、笑い声が戻る。
子どもが走り、大人が立ち止まり、
知らない人同士が
自然に話し始める。
「ここ、昔は喫茶店だったな」
「この角、よく待ち合わせした」
会話は、地図を持たない。
流れマンは、誰にも指示を出さない。
ただ、人がどこで足を止め、
どこで振り返るかを静かに見ている。
朝市から、流し素麺へ。
素麺から、立ち話へ。
立ち話から、次の約束へ。
流れは、一本の川じゃない。
細い水路が、いくつもつながっていく。
その頃、AI不動産のモニターに
警告が灯る。
「滞在時間:予測外延長」
「非効率行動、多発」
「消費行動、分散化」
数字が、うまく並ばない。
儲けは減った。だが、人は帰らない。
夕方、提灯に灯りが入る。
濡れた地面に、オレンジ色が揺れる。
流れマンは、素麺を一束すくい、
子どもに渡しながら言った。
「町は、選ばれる前に、自分で選び始めるんだ。」
誰も拍手しない。だが、
その言葉は、人の間を流れていった。
数字にない流れが、今日、
確かに戻ってきていた。




