第5話 タワーマンションの影
駅前の空き地に、
一枚の完成予想図が立てられた。
青すぎる空。
ガラスが光る、
高すぎる建物。
その下に描かれた人々は、いつも笑っている。
完成すれば、その影が、
まっすぐ商店街へ伸びる。
午後三時。
影は、魚屋の看板を呑み込み、
パン屋の窓を覆い、
古い喫茶店の入口で止まる。
AI不動産は、淡々と言う。
「日照時間は、法令内です」
正しい。数字の上では。
だが、町は数字では暮らしていない。
冬が来る前から、家は、少し寒くなった。
日が落ちるのが、早くなったわけじゃない。
人の帰宅が、少しだけ、
早まったのだ。
夕飯の支度の音が、一時間早く始まる。
洗濯物は、乾かないまま取り込まれ、
白い息が、台所に浮かぶ。
日が当たらない家は、
暗く、静かだった。
灯りは、必要だから点けるものになり、
黄昏は、味わうものじゃなくなった。
流れマンは、商店街の端に立ち、
影の伸びる速度を見ていた。
影は、建物からではなく、
人の心から伸びている。
立ち話は減り、シャッターは、
早く降りる。
人は、寒さを理由に帰る。
だが本当は、「居づらさ」を
避けているだけだ。
流れマンは、完成予想図を見上げ、
つぶやく。
「影が問題じゃない」
「時間が、奪われている」
影は、日照を遮る。
流れは、居場所を遮る。
昔の話は、過去を懐かしむことじゃない。
“ここにいたい夕方”を失うことだ。
風が、古い看板を鳴らした。
まだ、タワーマンションは
建っていない。
だが、町の夕方は、
もう少しだけ、短くなっていた。
流れマンは、その変化を、
誰よりも早く、読んでいた。




