第三話 アルさん魔獣になる。
黒光りする六頭立ての魔馬車が魔界の大地を滑るように走る。
そのスピードは暴走トラックの如く、しかし中は極めて快適。
馬たちは巨大で、うんこもデカい。道端のモンスターは片っ端から食べながら進むという、ある意味で究極のエコ設計だった。
たぶん魔界でもSDGs的なやつだ。
手綱を握るのは、ベビーサタンのさっちゃん。
小学生サイズの彼女だが、操縦技術は一流。
「さっちゃん、有能すぎるな……」
「わたしだって伊達に50歳やってないもーん!」
ベビーサタンさんでした。先輩チース
ただ、口が悪い。
「マリアさん、貧乏人リスクはそろそろ処分して、アル様に乗り換えましょう」
「処分って!?生ゴミか俺はッ!」
思わず叫んだ俺を無視して、アル様が優雅に微笑む。
「そうだマリア。君が望むもの、永遠の命と美しさ、魔力、地位、そして愛を与えられるのは。この私だけだ」
「やかましいわホストかよ!あと愛はおまけか!順番最後かよ!!」
俺の心の中のツッコミが止まらない。
馬車内ではそんな軽口が飛び交っていた。
…明日は、シスターマリアの誕生日。
何としても、こいつよりマリアが喜ぶプレゼントを渡さなければ……。
嫉妬と焦りで脳内がぐるぐるしていた、その時——。
突然。
――ッゴゴゴゴゴゴゴッ!!!
ドン!!
大地が唸る轟音とともに、魔馬車が急停止する。
「な、なんだ!?」
「お、おい馬ども止まんなよ! まだリスクの妄想タイムが続いてるんだぞ!」
車窓から見えるのは、2体の巨大な魔獣。
ひとつは、鋼の鬣を持つライオン型魔獣マイティコア。
もうひとつは、天光をまとう神獣 麒麟。
名前 :マイティコア
体力 : 5800
攻撃 : 3500
防御 : 999
素早さ:4000
この世界で巨大なライオンの頭に、悪魔の羽と毒針のついたサソリの尻尾を持つ。鋼のような毛並みと、紅蓮のような瞳が特徴。
名前 :麒麟
体力 : 7000
攻撃 : 3800
防御 :999
素早さ: 3800
この世界で鹿に似た細身の体に黄金色の鱗、そして青白く発光する角。尾は龍のように長く、美しく揺れる。
一歩ごとに草花が芽吹くとされる伝説の生き物。
どちらも並のモンスターではない。しかも、魔馬たちが一歩も動こうとしない。
さすがにこの2体は食えないようだ。いや、食われる側になる可能性がある。
「アル様、あれやっちゃってください!」
さっちゃんがビシッと敬礼。
「うむ。任された」
とスッと立ち上がるアル様。
「よーし!出番だぜアルベルト!」
と俺の横で張り切る…アルベルト?!
「ちょっと待て、どっちのアル!?」
すると、アイゼンハワードが不機嫌に。
「勇者くん、アルは私に譲り給え。君はベルトだ」
リスクの勝手な命名に呆れる間もなく、アルは静かに馬車を降りる。
「よし、いくか……」
その目が、獣のように光った。
「まさか……アル様、魔獣化なさるつもりか!?」
詠唱が始まる。古代の魔語。圧倒的な魔力が地を揺らす。
「目覚めよ、古き獣よ……
闇よ、我が肉体を喰らい尽くせ。
王の血よ、魔獣の骨よ――
真の姿へと具現せよ……
《魔獣 ライカントロス》!」
「《ベヒモス・コード 第九式──サーベルタイガー顕現》!」
ドォォォォォン!!
黒い稲妻の中から姿を現したのは、
全長5メートルを超える、漆黒のサーベルタイガー。
鋭く湾曲した牙はまさに断罪の刃。
後脚の筋肉がはじけ、地面を一歩踏むごとに衝撃波が走る。
「ひ、ひいい……アルさん、えぐない!?」
「かっこいいけど、こわっ……!」
勇者一行は思わず距離をとった。
普段は紳士的なアルの姿はどこにもない。そこにあるのは――野獣の本能そのもの。
マイティコアが吼えるよりも早く、
サーベルタイガーと、なったアルが大地を滑るように走り出す。
「がうぉああああっ!!!!」
一閃。
マイティコアの鋼の前脚が宙に舞う。
返す爪で腹を裂き、続くキバで喉を食いちぎる。
残った麒麟も、電光石火の連撃を浴びて身動きが取れない。
アルは動きを止めない。
次の一撃、さらに次の一撃をたたきこむ。
まるで戦場で踊るような連続攻撃。
【パーティ全員のレベルが2上がった!】
その様子を馬車の奥でじっと見ていた黒魔術師マーリンは、冷ややかに言い放つ。
「これよねぇ……魔界の日常ってやつは」
「人が魔獣になってモンスター食いちぎって、祝日気分。やんなっちゃうわ」
「な、何を涼しい顔で……!!」
「……あたし、もう慣れたのよねぇ。魔獣化男子。モテんのよ、あれがまた」
魔獣化が終わるころ、血まみれのサーベルタイガーが、やがてアルの姿に戻っていった。
「ふぅ……これで、マリアの誕生日は無事に祝えそうだな」
「無事か!?どこが!? いや、でも……かっこよかった……悔しいけど」
「マリアさん、あれを見てもまだリスクにしますか?」
さっちゃんが余計な一言をいった。
「野生の王に、高貴な血を加えると…こうなるんだよ」
「やかましい!イケメン台詞禁止法発令したいわッ!」
心中で絶叫するリスクだったが、彼の決意はまだ折れていなかった。
「……絶対、俺の方が凄いプレゼントを用意してやる……!」
果たして明日のマリアの誕生日に、真の“魔界一”の贈り物を贈るのは誰か!