第3話 消える店、残る匂い
朝の商店街は、まだ人が少ない。
シャッターの音だけが、遠くで反響している。
八百屋の前に、張り紙が出ていた。
《本日をもちまして閉店いたします》
手書きの文字。
インクが少し滲んでいる。
「ここ、安かったのよ」
「おばちゃん、元気かな」
人は、気づくと立ち止まり、
話し始める。
次は、文具店。
《○月◎日をもちまして閉店いたします》
ガラス越しに、色あせたノートと鉛筆。
「この店で、初めて万年筆買ったんだ」
《○月◎日をもちまして閉店いたします》
喫茶店の扉は、もう開かない。
でも、
コーヒーの匂いだけが、
なぜか残っている。
最後の日。
誰かが呼んだわけでもないのに、人は集まった。
買い物はしない。
ただ、立ち話。
「昔はね」
「覚えてる?」
言葉が、次から次へ流れていく。
流れマンは、少し離れて歩いていた。
シャッターが下りるたび、
人の流れが、一度、溜まる。
そして、静かに散っていく。
AIのデータには、
「滞留時間」しか残らない。
でも、そこにあったのは、
別れの流れだった。
夕方。
商店街は、
一気に静かになる。
風が吹き、シャッター街を撫でる。
流れマンは、歩きながら、
匂いを覚えた。
野菜の土、インク、コーヒー。
数字にはならないものが、町を支えていた。
そして、それが今、
流れ落ちていく音がした。




