第3話 「消えた車は流れの先に」
巨大ショッピングモールは、平日の午後なのに、いつも少し騒がしい。
天井は高く、音は反響し、
人の流れだけが休まずに動いている。
「もう、最悪なのよ」
主婦は腕を組み、駐車場の案内板を睨んでいた。
「朝はね、ちゃんと覚えてたの。
でも野菜が高くて、特売の卵は一家族一パックでしょ?
それでドラッグストアにも寄って、
ついでに子どもの靴下見てたら車どこに停めたか忘れちゃったのよ」
愚痴は止まらない。
流れマンは相槌を打ちながら、
足元の流れを見る。
人は迷うと、まず「明るい方」へ行く。
次に「人の多い方」へ流される。
でも、帰りは違う。
「もう早く帰りたい」
その気持ちが、足を出口へ向ける。
主婦の歩き方は、少し内股で早い。
袋は重い。
卵、牛乳、洗剤。
肩が自然に下がっている。
「それでね、旦那は『覚えてないの?』って言うのよ」
「言いますね」
「言うの! それがまた!」
流れマンは、エレベーターを避け、
エスカレーターの脇を通った。
人の流れが一瞬、細くなる場所。
「ここです」
「え? まだ奥よ?」
「奥です」
巨大モールの駐車場の、さらに奥。
誰も使いたがらない、柱の多いエリア。
薄暗く、少し涼しい。
そこに、ぽつんと一台。
「ああああ!」
主婦の声が反響する。
「そう! そうなの!朝、ここ空いてたのよ!
『ラッキー』って思ったのよ!」
思い出が一気に戻ってきたらしい。
「すごい……どうして分かったの?」
流れマンは、柱の影を指した。
「人は、来るときは楽観的で、帰るときは現実的です」
主婦はぽかんとしてから、笑った。
「なんか、人生みたいね」
「だいたいそんなもんです」
主婦は袋を探り、
特売の卵を取り出した。
「ヒーローさん、これ」
「報酬ですか」
「ええ、今日の戦利品」
流れマンは卵を受け取り、
軽く会釈した。
エンジンがかかり、車は人の流れに合流していく。
巨大モールの中で、
また一つ、小さな迷子が帰った。
流れマンは、次の流れへ向かって歩き出した。
卵は割らないように、
慎重に抱えながら。




