第9話 ハモンドは泣き叫び、真実を告げる
地下都市最深部。
巨大なオルガンが、まるで心臓のように脈動していた。
その中心に
白髪を揺らし、狂気に笑む男が立っていた。
ベルマ・クロウ。
かつてアイゼンと肩を並べ、命を預け合った戦友。
今は“音を喰う怪物”として、魂を燃やす鬼となった存在。
ベルマの指が鍵盤に触れただけで、
ホール全体が悲鳴を上げるように震えた。
ベルマ(狂笑)
「音になったキャサリーは、最高の“楽器”だ。
永遠に俺の曲を奏でる!」
その言葉に、
アイゼンの背中を冷たい怒りが駆け上がった。
彼は拳を握りしめ、
噛み締めた歯の隙間から低く呟く。
アイゼン
「……あの女は、お前なんかのために音になったんじゃねぇ。
“未来のために”だ」**
ベルマ
「未来? 芸術に未来などない!
ただ“永遠”があればいい!」
叫ぶベルマの周囲で、音が渦を巻く。
五線譜に刻まれた悲鳴が実体化し、
触れた空気が焼けるほどの圧を生む。
ルアーナが一歩前に出る。
その目は涙を浮かべていた。
「キャサリーお姉さんは、誰よりも優しい音だった!
あんたなんかに、二度と触れさせない!」
リュカも構える。
「音を喰うなんて……音楽家のやることじゃねぇ!!」
そして背後から
レイヴが静かに呟く。
「魂の震えが聞こえる……
キャサリーは、まだ戦っている」
四重共鳴魔法
四人が一斉に魔導式を展開する。
ルアーナ――光の旋律
リュカ――大地の低音
レイヴ――魂の拍動
アイゼン――“キャサリーの音”を守る誓い
そのすべてが同じ一点へ収束した瞬間
轟音。
光の波。
そして、音を切り裂く衝撃――**
ベルマの悲鳴が響いた。
ベルマ
「やめろ……! 俺の音楽が……永遠が……!!」
壁一面を覆っていた“音を喰う呪い”が砕け散り、
ベルマの身体は崩れ落ちた譜面のように光へと消えていく。
最後に、落ちてくるように彼の声が響いた。
「アイゼン……お前だけは…… 俺の“音”を理解してくれると思って……」
アイゼンは、一言も返さなかった。
返すべき音など、もう何ひとつ残されていない。
オルガンが泣き叫び――
そして、静かに歌い始める。**
狂気の響きを上書きするように、
あの優しい旋律が流れ出した。
キャサリーが生前、
何度もアイゼンに聴かせた
未完成のラブバラード。
柔らかく、温かく、
どこまでも優しい音。
破壊されたホールの瓦礫の中で、
四人はただ立ち尽くし、その旋律に身を委ねた。
ルアーナが涙を拭う。
リュカは肩を震わせて泣いていた。
レイヴは静かに目を閉じた。
そしてアイゼンは……
空気の揺れが止むまで、
ずっと、その音を聴き続けていた。
その旋律には、
こんな言葉が確かに込められていた。
《ありがとう。
さよならじゃないわ。
あなたの未来で、私は音になる。》
やがて最後の音が、
夜の海へ吸い込まれるように静かに消えていく。




