第7話 ハモンドが語る真実、キャサリーの未完成曲
第9ホールの奥。
異様に冷えた空気の中で、古びたハモンドオルガンがひとりでに震えていた。
リュカが息を呑む。
「……まただ。キャサリーの曲が……勝手に……」
だが今回は違った。
オルガンから流れ出た旋律は――**キャサリーが生前、最後まで仕上げられなかった“未完成曲”**だった。
ルアーナ「なんで未完成のはずの曲が演奏されるのよ……?」
アイゼンはゆっくりと近づく。
その顔は、戦場に立ったときよりも険しい。
オルガンの音はやがて、
“語るように”音階を歪めていく。
ロザンナが低く呟いた。
「これは……キャサリーの記憶。彼女がこの曲に封じた“目撃した真実”よ」
次の瞬間――
オルガンが異常な轟音を立て、映像のような幻影がホールに広がった。
幻影が映し出した黒幕の姿
焦げたコート。
血のように赤い魔導符。
そして――かつてアイゼンと共に地獄を渡った男のシルエット。
ロザンナの声が震える。
「……ベルマ・クロウ。音律魔導の狂詩人。“音を喰う者”」
ルアーナ「ま、待って……アイゼン、あなた……この人知ってるの?」
アイゼンの拳が白くなる。
返事の代わりに、長い沈黙が落ちる。
やがて彼は、押しつぶされるような声で答えた。
「……ベルマは、俺の戦友だった。
地獄の戦場で何百回も背中を預けた。
だが――
芸術に取り憑かれたあいつは《人の魂そのものを音に変換する魔導》を完成させちまった」
ルアーナ「魂を……音に……?」
ロザンナが続ける。
「キャサリーはその研究に気づき、ベルマに接触した。
止めるために。
でも彼女は殺されてはいない――」
リュカ「生きてる……のか?」
ロザンナ「生きている。
ただし、“曲と同化する魔導式”を自ら使ってね。
ベルマに魂を奪われる前に――自分を“音に隠した”のよ」
沈黙。
そして、オルガンが最後のひと音を鳴らす。
それはまるで、
キャサリー自身が告げる最終メッセージのようだった。
――ベルマ・クロウを止めて。
私はまだ、ここにいる。
アイゼンはゆっくりと息を吸い込んだ。
「……ベルマ。
今度こそ終わらせる。
お前の狂った“永遠の芸術”も……
キャサリーの未完成曲もな」




