第5話 赤い階段の下で待つ影 、 暗号:E-9-RED
港町レムノンの夜霧を切り裂くように、
オルガンの“異音”は冷たく規則的だった。
ルアーナは携帯型周波数解析器を使い、
音の波形をひとつずつ解読していく。
「……出たわ。アイゼン、見て」
波形の隙間に浮かび上がったのは――
E-9-RED
という不可解な暗号。
リュカが眉を寄せる。
「Eって……アルファベット? それとも音階?」
レイヴは壁にもたれたまま、冷えた声で言う。
「Eは“エコー”だ。
この港の下に眠っている、古代の音律都市。
魔術師と音楽家が共存していた“失われた街”だ」
ルアーナの目が輝く。
「学会で噂だけ聞いたことがある!
でも本当に存在してたなんて……!」
「9ってのは?」
リュカが問う。
アイゼンが低く答えた。
「《第9ホール》だ。
エコーアーカイブを象徴する中央区画。
千年前の大晦日コンサートを最後に、
誰も辿り着けなかった“幻の場所”。」
ルアーナは最後の語を読み上げる。
「RED……“赤”。
キャサリーのハイヒールと同じ色……」
全員の視線がアイゼンに集まる。
彼は煙草も吸わず、ただ静かに言った。
「……行くぞ。
キャサリーが呼んでる」
その声は、地下へ沈む鐘のようだった。
■ 地下都市入口
港の外れにある、
立ち入り禁止の旧倉庫区画。
モクモクした潮気の奥に、
階段の入口がぽっかりと隠されていた。
ルアーナが驚く。
「ここ……知らなかった……」
レイヴが淡く笑う。
「普通の人間には“音”が聞こえないからな。
君らは今、キャサリーの残した“声”に導かれてる」
アイゼンは飾り気のない魔術灯を取り出し、
階段の闇を照らす。
そこには――
赤いハイヒールの“片方”が、階段の1段目にそっと置かれていた。
リュカ:「……これ、キャサリーの……」
アイゼンはしゃがみ、
靴の底についた砂を指で払う。
「ここを通った。
わざと残したんだ……“私を追え”と」
彼は立ち上がり、階段の奥の闇を睨んだ。
「キャサリー……お前は一体、何を見つけちまった?」
エコーアーカイブ内部
階段を降りるにつれ、
空気は湿り、音が変質した。
まるで足音が“二重に響く”。
リュカは肩をすくめた。
「これ……誰かに歩幅を合わせられてるみたい……」
ルアーナは周囲をスキャンしながら言う。
「ここの空間、音の反射が異常。
まるで生きてるみたいに、返ってくる……」
レイヴは表情を消す。
「世界の“死んだ音”が溜まる場所だよ。
古代魔術で封じられた、音の牢獄だ」
そして、曲がり角の奥に――
深い赤の灯りがともる 《第9ホール》 の入口が現れた。
アイゼンが歩みを止める。
そこには、壁に刻まれた古い文字。
E-9-RED
“赤い階段の下で待つ影”
アイゼンは誰にも聞こえないほどの声で、ひとこと呟いた。
「キャサリー……お前の“最期のメッセージ”、ここにあるんだな」
ホールの中から、
またあの哀愁のハモンドが
微かに、泣き出すように鳴り始めた。




