第3話 赤いハイヒールと失踪した音楽家
港町レムノンの夕暮れは、どこか沈んだ音色をしていた。
霧が海面を這い、遠くで船の汽笛が短く泣く。
キャサリーが死んだというその部屋を後にして、
四人は港通りを歩いていた。
沈みゆく夕陽が、レイヴの指先にぶら下がる赤いハイヒールを照らす。
ルアーナが端末を確認しながら呟いた。
「……キャサリーさん、死ぬ一週間前、誰かと会ってたみたい。
レムノンでも有名な音楽家。名前は、“サロモン・エルド”。
でも、その人は今……行方不明」
アイゼンは目を細める。
「サロモン……あの偏屈な天才か。
あいつがキャサリーと会った……? 妙な組み合わせだな」
ルアーナはさらに画面をスクロールする。
「行方不明は彼だけじゃない。
ここ一ヶ月で……音楽家が四人、失踪してる」
歩みが止まった。
潮風に混じり、遠くでオルガンのような低い振動が微かに震えた――
誰も演奏する者がいないはずなのに。
レイヴは空気を嗅ぐように目を閉じる。
悪戯好きの表情が、珍しく消えていた。
「……魂の痕跡が薄すぎる」
声は氷のように静かで、港の音が一瞬かき消された。
「普通、死者には“音”が残る。
息の最期、心臓の鼓動、悔い、怒り……
どれも微かな“響き”になるんだ。
でも、行方不明になった連中は……痕跡そのものが空だ」
ルアーナは寒気を覚えて身震いする。
「空って……どういうことなの?」
レイヴは赤いハイヒールをひっくり返して見せる。
「魂そのものが、どこか別の場所に吸われたような感じだ。
“音”の……もっと奥深いところへ」
リュカは港の方を見つめて、唇をかすかに震わせた。
「ねぇ……
本当に……あのハモンドオルガン……
泣いてるって、噂……本当なの……?」
誰かが弾くわけでもないのに夜中に響く、
泣き叫ぶような“哀愁のハモンド”。
その音が、誰かを消しているのか。
アイゼンは赤いハイヒールをレイヴから受け取り、
その細いヒールを指でなぞりながら言った。
「キャサリーは……逃げたんじゃない。
追われたんでもない」
夕霧の中で、彼の声だけが妙に鮮明だった。
「これは“招待状”だ。
あいつはわしに、最後の舞台へ来いと言っている」
遠くで、またオルガンの音が
誰かを呼ぶように、ひどく物悲しく鳴り始めた。




