第9話 氷の玉座リュカの覚醒と裏切り
氷海の寺院の中心
永遠に凍った玉座が、不気味な音を立てて脈動していた。
その上に立つのは、囚われたはずのリュカ。
瞳は深い藍色から、血を吸ったような紅へ変わっていた。
亡霊スカーレット陛下が傍で囁く。
「目を覚ましなさい、リュカ。
あなたは裏切られた。
あの老人は、あなたより“世界”を選んだのよ」
リュカの瞳が震え、黒い靄が全身に絡みつく。
その声は冷たく、まるで別人のようだった。
「……アイゼン……先生は……俺を捨てた……?」
スカーレットは微笑む。
「えぇ。あなたを利用していただけ。
ほら刃を握りなさい。
裏切りには、罰が必要でしょう?」
リュカの右手に、氷の短剣が生成される。
赤い光が脈打ち、彼の心を侵食していく。
氷の玉座での悲劇
寺院に駆け込むアイゼン。
その瞬間
シュッ!
氷の刃が彼の頬を裂いた。
「リュカ……ッ!? やめろ!!」
リュカは表情なく歩み寄る。
その声は氷より冷たかった。
「……裏切り者……」
「違うッ!! 助けに来たんだ!!
お前を助けるために、ここへ――!」
「嘘だ」
リュカは刃を構えた。
「俺を……“世界と天秤にかけた”くせに」
刃が振り下ろされる。
老人の身体は鈍いが――それでも彼は、
リュカの攻撃を受け止めず、すべて避けようとする。
殺さぬために。
守るために。
死神レイヴの声が遠くで響く。
「イヒヒヒ……これはひどいねぇ、アイゼン。
愛弟子に殺されるなんて、ドラマとしては満点だけど」
「黙れ、レイヴーーッ!!」
老人の怒声が寺院を震わせる。
氷の刃が胸元を掠め、血が散った。
しかしアイゼンは、反撃しない。
ただ、弟子を抱きしめるように腕を広げた。
「俺は……お前の先生だ。
裏切るわけがないだろう……?」
その瞬間――
リュカの刃がアイゼンの肩に深く突き刺さった。
「……ふぅ……ざけるなよ……!!!」
叫びとともに、魔力が暴発する。
アイゼンは吹き飛ばされ、氷柱に叩きつけられた。
ルアーナ
「リュカ!! やめて!!
それはあなたの意志じゃない!!」
リュカ
「黙れ……!
“裏切り者”はすべて——」
氷の短剣が震え、再び光る。
「……消えるべきなんだ……!!」
その瞬間、レイヴが動く。
「イヒヒヒ……もう十分だよ、ガキ」
死神の鎖がリュカの腕を縛り、
ルアーナが駆け来て彼を抱きしめた。
「帰ってきて、リュカ!!」
リュカ
「……あ……あれ……?
なんでぼく……」
洗脳が一瞬ゆらぎ、リュカの瞳から涙がこぼれた。
しかし、その代償はあまりにも大きかった
背後で――
ガシャン!
スカーレットが王冠の破片を奪い、消える。
アイゼン
「くっ……!!
やられた……ッ!!」
ルアーナ
「王冠の破片……また奪われたの!?
じゃあ……世界は……!!」
アイゼンは血を拭きながら立ち上がる。
「……世界はまた、滅びに一歩近づいた……」
リュカは自分の手を震えながら見つめる。
「俺……先生を……刺した……?」
アイゼンは微笑む。
しかし、その瞳は深く沈んでいた。
「心配するな。大丈夫だ……
弟子に刺されるのは……今回が初めてじゃない」
ルアーナ
「いや初めてでしょうが!!!」
老いぼれの冗談が、張りつめた空気をわずかに緩める。
しかし
奪った破片を抱えて、
スカーレットは霧の奥でひとり歩いていた。
そこへ現れたのは、
かつて彼女に剣と政治を教えた師父。
「スカーレット……
王冠に触れてはならぬと言ったはずだ」
スカーレット
「うるさい……もう遅い……!!」
師
「お前の心は呪いに溶かされている。
そのままでは――」
スカーレット
「私の心は最初から壊れていたッ!!」
赤い魔力が暴発し、剣が交差する。
闇の決闘は一瞬だった。
師の胸が裂け、血が舞う。
老人は苦笑した。
「……お前は……
優しい子だった……」
スカーレット
「やめて……その言い方……やめてッ……!!」
師は倒れ、
スカーレットの白い頬に、血が飛び散った。
彼女は崩れ落ちる。
「……私は……どうして……
何のために……戦っているの……」
王冠の破片だけが、
不気味に赤く光っていた。




