第三話 影の組織、偽りの仮面
南国の古い宿の一室。
ルアーナが広げた魔導解析盤に、古代文字の一部が光を放つ。
「ここ……“影の組織”って読めるわ。ローレムが追ってた連中よ」
アイゼンハワードの手がわずかに震える。
あれほど強かった彼がこの名を前にして、硬直する。
「影の組織……まだ生きていたのか」
リュカが小さく息をのむ。
「アイゼンさんの知り合い……?」
「かつて戦争の裏で暗躍していた暗殺者集団だ。表向きには消えたはずだったが……」
死神レイヴがベッドの上で逆さに寝転び、ニヤリと笑う。
「フフフ……偽りの仮面をかぶる者たちの匂いだねイヒヒヒ。こういう闇は僕の得意分野なんだけどイヒヒヒ?」
「ふざけてる暇があったら手伝え、死神」
アイゼンハワードが低い声で制す。
死神は肩をすくめる。
「わかってるよおじいちゃん。ローレムの魂のこともあるしねイヒヒヒ」
その一言に、空気が重くなる。
南国特有の蒸し暑い裏路地。
街灯がチカチカと明滅し、人の気配が妙に薄い。
アイゼンハワードは杖を軽くつく。
「ローレムが最後に接触した情報屋が、この先にいるはずだ」
だが、路地の奥にいた男は、どこか目が泳いでいた。
「……アイゼンハワードさん。あんたを……待ってた」
ルアーナが不自然さに気づき、肩を引っ張る。
「先生、後ろ……!」
ガシャァン!!
頭上から鉄網、両側からナイフ飛来。
床には爆裂魔法のトラップ。
リュカの反応が早い。
「ルアーナさん、伏せて!」
レイヴがひょいと手を伸ばし、死の気配で位置を読み取る。
「三つ、罠があるよイヒヒヒ。飛んできたのは投擲ナイフ、右は魔力トラップ、上から落ちるのは鉄製のおまけイヒヒヒ!」
アイゼンハワードが杖を軽く振ると――
「《逆相転移》」
罠が全部、敵の情報屋の方へ反射的に飛ぶ。
「ぎゃあああああ!!」
ルアーナが目を丸くする。
「相変わらず……そんな反応速度、70代のじいさんのじゃないでしょ!」
「まだ退職した覚えはないさ」
リュカが小声で笑う。
「……強いな、やっぱり」
レイヴはケラケラ笑う。
「フフフ……おじいちゃん、今のカッコよかったよイヒヒヒ!」
アイゼンハワードは倒れた情報屋に歩み寄る。
「お前をここに送ったのは誰だ?」
震えながら男は答える。
「……“仮面の使い(マスク・テイカー)”だ……。ローレムを殺した連中……あんたも狙ってる……!」
敵の名を聞いた瞬間、アイゼンハワードの心に再び炎が走る。
ローレムと酒を酌み交わした夜。
戦場で背中を預けあった瞬間。
そして――幼い頃に出会った彼女を巡って、本気で殴り合った日。
「ローレム……なぜお前が、こんな連中に……」
胸が痛む。
怒りと悲しみが混ざる。
その肩に、リュカがそっと手を置く。
「……大丈夫。僕たちがいる」
ルアーナが深く頷く。
「一緒に、犯人を見つけましょう」
レイヴが珍しく真顔で言う。
「ここで死んだ魂は、まだ諦めていないよ……イヒヒヒ」
「……ローレムの魂が、何かを伝えようとしてる」
アイゼンハワードは決意を込めて言う。
「進むぞ。“仮面の使い”の正体を暴く。
ローレムの死の理由……すべて、俺が暴く」




