第五話 魔王軍の動きとリスクの誕生日
リスク達が天空王国レティシアに着いていた。
その頃――
漆黒の霧が渦巻く魔王城の玉座にて、魔王軍の重々しい空気が揺れていた。
「……貴様、まだ腰を上げぬか、ガイアス。」
玉座の上から響く魔王の声は、氷の刃のように冷たく、怒りを押し殺していた。
魔王ガルヴァ・ネクロデス。
冥府より蘇った“魔の王”であり、現在の地上侵攻計画の黒幕である。
その眼前で沈黙を保っていたのは、魔王軍総司令官――悪魔王ガイアス。
彼は黒い翼と巨大な槍を持ち、数千の悪魔兵を統べる存在だが、かねてより出撃を渋っていた。
「……お言葉ですが、魔王陛下。戦略的な後方支援が必要と――」
「戯言を抜かすな、ガイアスッッ!!」
魔王の怒声が響いた瞬間、玉座の間の壁が爆ぜた。空間そのものが震える。
「四天王のうち二人は討たれ、一人は裏切った。貴様は最後の一角……それでも動かぬというか?」
「……まさか、マーリンが裏切るとはな。」
「もはや言い訳は無用。我が命に従い、貴様自ら出陣せよ。“天空竜バハムート”が目覚めた今、舞台は整ったのだ。」
ガイアスは静かに立ち上がる。背に漆黒の雷が走る。
「……かしこまりました魔王様。」
その日、魔王軍の総司令官ガイアスは、ついに戦場へと歩みを進めた。
その頃
空をゆく魔導飛空艇《アストラ=バルムガンド》の艦内では、控えめな祝賀ムードが漂っていた。
リスクの誕生日だった。
艦内ホールに集まった仲間たちの前に、勇者アルベルトが直立し、無表情に一枚の地図を手渡してきた。
「リスク。君のこれまでの功績を讃え、王より誕生日の贈り物だ。」
「お、おお! 王様、ついに俺にお金でも?」
「島だ。君に、島を一つやるそうだ。」
「……は?」
「名前はまだない。無人島だ。好きに開拓するがいい。」
傍らでマーリンがくすくすと笑う。
「これであなたも“領主様”ね。うふふ。」
「……本気か?」
「残念ながら、本気よ。」
のちに判明することだが――
その島は魔物の巣であり、毒の沼地と火山と謎の古代遺跡を抱える未開の地だった。
俺の“無人島物語”は、この瞬間から静かに始まっていたのだ。
魔王を倒したあとで、まさかこんな地獄が待っているとは――
だが、今はそんなことなど知る由もなかった。
「……あの。これを……その……」
振り返ると、そこに立っていたのはシスターマリアだった。
彼女は小さな包みを差し出していた。表情は硬く、少し視線をそらしている。
「今日が……リスクさんの誕生日だと聞いて。……受け取ってください。あくまで、感謝の意としてです。」
「え、あ、ありがとう……?」
リスクは丁寧に包装を開けた。中から出てきたのは――
手編みのセーター。
柔らかな毛糸、きっちりとした編み目。そして胸元には、ちょこんとした刺繍。
「……これ、カッチンとコッチン……だよな?」
刺繍されていたのは、マリアが好きだと語っていた小型の癒し系モンスター“カッチンとコッチン”。
硬い鉱物より産まれした体に、まるい瞳と、表情。
「……わ、私が好きなだけです。別に深い意味はありません。……気に入らなければ、無理に着なくてもいいですし……!」
彼女は一気に言い切ると、顔を赤らめてそっぽを向いた。
リスクは苦笑しながらセーターを抱きしめた。
「いや、嬉しいよ。ありがとう。……なんか、守られてる気がするな。」
「……っ!」
シスターマリアの肩がわずかに震えたが、それ以上何も言わずにその場を離れていった。
リスクはしばらく、胸元のカッチンとコッチンをじっと見つめていた。
「……なんだよ、こいつ。可愛いな……チクショウ。」
空では雲が流れ、夜の星がささやくように瞬いていた。
戦乱の時代の中、小さな“温もり”が、確かにそこにあった。