第8話 白い国会(ザ・ホワイト・ドーム)
午前8時35分。
霞が関の空に、異様な静けさが漂っていた。
国会議事堂の白いドームの上を、
朝霧を裂くように一機の無人ドローンが滑る。
その腹部には――銀色の装置、魔導爆縮弾。
「くそっ、もう起動してる!」
カズヤは胸ポケットのイヤピースを叩き、叫んだ。
「アル叔父! 信号はどこだ!?」
地下通信室からの声が、ノイズ混じりに返ってくる。
『北棟屋上……三原がそこにいる。奴自身がトリガーを握っている。』
「行く!」
カズヤは警備線を突破し、議事堂へ駆け込んだ。
混乱する警官隊の中をすり抜け、階段を一段飛ばしで駆け上がる。
途中、襲いかかる黒服たち――ウロボロス機関の私設兵を、
拳銃と体術で次々と倒していく。
だが、背後から聞こえる重い足音。
「来るなカズヤ! ここは私が!」
炎を切り裂くように、アル叔父――アイゼンハワードが姿を現した。
黒いコートがひるがえり、手には魔剣ギルティーナ。
その刃が一閃、階段を塞ぐ兵士たちを光ごと両断した。
「叔父さん!」
「走れ、カズヤ。あのドームを止めるんだ!」
「一緒に行く!」
「……ならば、共に地獄を見に行くぞ。」
二人は屋上へと突き上がった。
――白いドームの上、風が鳴る。
その中心に、黒いスーツの男が立っていた。
三原 聡。かつて日本経済界の希望と呼ばれた男。
今、その瞳には狂気の炎が宿っていた。
「君たちがここまで来るとはな……。
だがもう遅い。世界は新しい秩序に再編される。」
三原の手の中の起動装置が、赤く点滅する。
風にたなびくコートの下、腰には小型の魔導銃。
「三原!」カズヤが叫ぶ。
「これはただのテロじゃない。
あんたは“人間と魔族の戦争”を作ろうとしてるんだ!」
三原は笑った。
「戦争? 違う。均衡だ。
国家も企業も、もう力を失った。
人間が自分たちを“投資対象”として再設計する時代だ!」
その瞬間、三原が引き金を引く。
銃弾がカズヤの頬をかすめ、後方の壁を砕いた。
同時に、アイゼンハワードが前に出る。
「愚か者が。均衡とは、壊すためにあるものではない。」
ギルティーナが唸りを上げ、青白い光を放つ。
――斬撃。
風が割れ、三原の放った魔導弾を空中で打ち砕く。
火花が散り、金属が悲鳴を上げた。
「叔父さん、右だ!」
「承知!」
カズヤが左から突進し、三原の腕を撃ち抜く。
だが三原は即座に転がり、爆弾のリモコンを起動――
その光が、赤から紫へと変わる。
「起動シーケンス完了……!」
「しまった、遠隔解除ができない!」カズヤが叫ぶ。
アイゼンハワードは剣を地面に突き立て、
古の魔族語を唱え始めた。
「封印術式!」
光の紋章がドーム全体に広がり、
空を覆うような巨大な魔法陣が現れる。
風が唸り、雲が裂ける。
三原は狂気の笑みを浮かべた。
「止められるものか! この国も、世界も、もう――」
「終わらせるのは……あんたじゃない!」
カズヤが飛び込み、三原に拳を叩き込む。
リモコンが宙を舞い、
アル叔父の剣がそれを一閃――
――斬断。
まばゆい閃光。
そして、静寂。
爆発は起きなかった。
風だけが、白いドームの上を通り過ぎていく。
三原は膝をつき、笑った。
「……まさか、血の契約を使うとはな。」
「俺の命と引き換えに、封じただけだ。」
アイゼンハワードの腕には、赤い刻印が浮かんでいた。
「叔父さん! やめろ!」
「大丈夫だ……カズヤ。私は記録者だ。
だが今日、初めて“生きて守りたい”と思った。」
その言葉を最後に、アル叔父は光の粒となり、風に溶けた。
カズヤは叫んだ。
「アル叔父――!!!」
朝日が昇る。
白い国会の上、
静かに散る魔力の光が、
まるで誇り高い旗のように揺れていた。




