第7話 永田町の亡霊
夜の永田町。
議事堂の白壁に、薄い霧がまとわりつく。
その静寂を破るように、一台の黒い車がゆっくりと地下駐車場へと入っていった。
運転席にいるのはカズヤ。
隣には、深く帽子を被ったアル叔父――アイゼンハワード。
助手席の膝の上には、例のUSBが収められた金属ケースがある。
「……これを国家情報局に渡せば、三原を止められるんですね?」
カズヤの声は震えていた。
アイゼンハワードは静かに頷く。
「止めるだけでは足りん。暴かねばならん。
“ウロボロス機関”は、この国の政治そのものに巣を作っている。」
二人は警備をすり抜け、夜間の情報局庁舎に潜入した。
廊下には足音ひとつない。
監視カメラの死角を縫うように進む二人。
そして、地下二階――「機密保全室」と書かれた鋼鉄の扉の前にたどり着く。
アイゼンハワードが懐から黒い魔石を取り出した。
掌に浮かぶ古代文字が青白く光る。
「封印解除」
扉が低く唸りをあげ、ゆっくりと開いた。
中には、巨大なスクリーンと複数のデータ端末。
国家情報局の中枢部だ。
その中央に、一人の男が立っていた。
「待っていたよ、カズヤ君。そして……“魔族の遺児”アイゼンハワード。」
声の主は、国家情報局長官――長谷川靖邦。
しかしその目には、まるで底のない深淵が宿っていた。
「……どうして、俺たちの名前を?」
「君たちがここへ来ることなど、三原が最初から想定していた。」
長谷川はゆっくりとモニターに手をかざした。
そこには“外交資金ルート”の地図、
そして「Phase II - Embassy Blast」のデータが映し出されている。
「まさか……あなたも“ウロボロス機関”の……」
「違うな。私は“彼らの影”だ。」
その瞬間、床下から低い振動音が響く。
警報ランプが赤く点滅し、金属扉が自動的に閉じていった。
アイゼンハワードがとっさにカズヤを庇う。
「閉じ込めやがったな……!」
「いや、封じたんだよ。君たちが“真実”を持ち帰れぬように。」
長谷川が懐から小さな銀の装置を取り出す。
それは魔力と科学の融合兵器“魔導干渉弾”だった。
投げ放たれた瞬間、青白い衝撃波が走り、
アイゼンハワードの身体を包む魔力の光が一瞬にして削ぎ取られる。
「くっ……!」
「アル叔父!」
カズヤが駆け寄るが、長谷川の部下たちが突入してくる。
彼らは全員、目が赤く光っていた憑依兵だ。
「カズヤ、データを守れ!」
アイゼンハワードが立ち上がり、折れた剣の残片を構える。
「叔父さん、無理だ、行こう!」
「行けッ!!!」
轟音。閃光。
魔力の炎が部屋を貫き、銃弾が壁をえぐる。
カズヤは転がるようにUSBを掴み、非常口へ駆けだした。
背後では、アル叔父が憑依兵たちを相手に立ち向かう――
その姿は、炎に包まれた幻影のように見えた。
カズヤが地上へ飛び出した瞬間、
情報局の建物が地響きを立てて揺れた。
地下で何かが爆発したのだ。
雨の中、彼は立ち止まり、
煙の向こうに沈む永田町のビルを見つめた。
「アル叔父……」
ポケットの中で、USBが微かに熱を帯びていた。
まるで叔父の意志が宿っているかのように。
そのデータの中には
三原聡、長谷川、そして内閣の複数の名前。
“ウロボロス機関”の資金ルート全貌が記録されていた。
カズヤは夜の霞の中へと歩き出す。
行く先はただ一つ。
真実を、白日の下に晒すために。




