第6話 東京のスパイ
羽田空港に降り立ったとき、
カズヤの胸に広がったのは“安堵”ではなく、
張りつめた“静かな恐怖”だった。
日本へ帰ってきた――だが、ここも安全圏ではない。
空港のガラス越しに見える無数の監視カメラ。
その一つ一つが、まるで誰かの“目”のように感じられた。
「……アル叔父。誰か、見てませんか?」
「見ているさ。だが問題は、“どこの誰”かだ。」
アイゼンハワードは、コートの襟を立てながら呟いた。
その眼差しは、ただの異国の旅人のものではない。
魔族として幾千年を生き抜いた戦士の目――
敵の“気配”を、空気の揺れで感じ取っている。
彼らは田中瑠璃の協力で、東京郊外の安全ハウスに身を潜めた。
その小さなアパートの一室で、二人はテーブルの上にノートパソコンを広げ、
砂漠で入手したUSBを接続する。
画面に映し出されたのは――
「Mihara Corporation/Confidential Route File」
複数の銀行口座、外交関係者の名簿、そして不可解な資金の流れ。
その中に、見覚えのある記号があった。
円と翼を組み合わせた紋章――
それは、魔族の裏社会でも“絶対に触れてはならない組織”を示す印。
「これは……“ウロボロス機関”だ。」
アイゼンハワードの声が低く響く。
「人間と魔族、両方の政府を裏から操っている。
資金のルートを辿れば、次に何を狙っているかが分かる。」
カズヤが唾を飲み込んだ。
「叔父さん……つまり、この爆破事件も――」
「“始まり”に過ぎん。」
その瞬間、窓の外で小さな閃光が弾けた。
次の瞬間、部屋の照明が一斉に落ちる。
停電。いや、EMP(電磁パルス)攻撃だ。
「バレたか……!」
アイゼンハワードが反射的にカズヤの肩を押し、床に伏せさせた。
次の瞬間、ドアが爆風で吹き飛ぶ。
黒いスーツに身を包んだ複数の男たちが突入してきた。
全員、無表情。
腕には「警視庁」のワッペンが貼られているが――
その目は、完全に“人のもの”ではなかった。
「……魔族の憑依兵か。」
アイゼンハワードが呟き、懐から短剣を抜く。
「カズヤ、バックアップを持って逃げろ!」
「でも叔父さんは――!」
「いいから行け!!」
閃光、銃声、そして硝煙。
狭い部屋の中が、瞬く間に戦場と化す。
カズヤは床を転がりながら、ノートPCとUSBを掴んで裏口へ走る。
背後ではアイゼンハワードが次々と敵を吹き飛ばし、
光の刃を操りながら、進入してくる憑依兵を薙ぎ払っていた。
「走れ、カズヤ! “真実”を、この国に届けろ!!」
カズヤは階段を駆け下り、夜の街へ飛び出す。
冷たい雨が頬を打ち、
背後では黒いSUVがエンジンを轟かせて追ってくる。
その中で、USBのデータがふと開いた。
そこには、次のターゲットとして記されていた都市名があった。
“TOKYO – PHASE II – EMBASSY BLAST SCHEDULED”
「……まさか。」
カズヤの目が見開かれる。
第二の爆破計画。舞台は、東京。
そして、その“外交ルート”の裏にいるのは三原聡。
彼は再び走り出した。
街のネオンをかき分け、雨の中を疾走する。
アイゼンハワードの声が、どこか遠くで響いた気がした。
「恐れるな、カズヤ。
お前は“光”の継承者だ。真実を暴け。」
東京 霞が関が、次の戦場となる。




