第3話 偽りの外交ルート
夜明け前の国境線。
モンゴルと中国を結ぶ舗装の切れた道路を、
古びたトラックが砂煙を巻き上げて走っていた。
荷台には、砂にまみれたカズヤとアル叔父の姿。
カズヤは息を整えながら、手にした無線機を睨む。
「アル叔父、モンゴル警察だけじゃない。
中国側の国境警備まで動いてる。俺たち、完全に包囲されてます。」
アイゼン・ハワードは静かに目を閉じた。
「三原は“外交ルート”を使ったのだろう。
企業と国家の境界線など、彼らにとっては砂の線にすぎん。」
「外交ルート?」
「表向きは“環境支援プロジェクト”。
だが実態は、軍需物資と金融データの交換――
つまり、“兵器と金を同時に動かすルート”だ。」
カズヤは息を呑む。
「じゃあ、あのUSBに入ってたデータって……」
「資金洗浄の“入口”だ。
だが、同時に“外交特権”という盾でもある。」
そのとき、トラックが急停車した。
運転していた遊牧民が、恐怖に震えながら外を指さす。
砂嵐の向こう
白い車列がゆっくりと近づいてくる。
車体には、日本の旗と企業ロゴ。
“MITO ENERGY JAPAN”
「叔父さん……日本の企業が、なぜこんな所に?」
「だから言ったろう。外交ルートだ。
国境を越えるのに、彼らは兵士を使わない。“取引”という名の外交を使うのだ。」
白い車列の中央、
黒いスーツの男が降りてくる。
金縁の眼鏡に、冷たい笑み。
三原 聡。
「やあ、探偵くん。そして……伝説の魔族どの。」
三原は微笑んだ。
「まさか君たちが、ここまで生き延びるとは思わなかったよ。」
カズヤが一歩踏み出す。
「お前が爆破を仕組んだのか!」
「仕組んだ? 違うよ。」
三原は首を横に振る。
「“取引を終わらせた”だけさ。あれは、契約の終了サインだった。」
アル叔父の声が低く響く。
「契約という言葉で、罪を塗り替えるのはやめなさい。
あなたの取引のせいで、何人が死んだと思っている。」
三原の笑みが一瞬だけ歪んだ。
「死は取引の一部だ。
誰かが払わなければ、世界は動かない。」
そして、懐から一枚の書類を取り出す。
封印された外交文書。
日本外務省の刻印。
「この文書には、“我々の活動は国際協力の一環である”と記されている。
つまり、私を逮捕すれば外交問題になる。」
風が吹く。砂が渦を巻き、太陽が昇り始める。
カズヤは歯を食いしばった。
「だったら、真実を公にするまでだ!」
その瞬間、上空で低い唸り音がした。
ドローンだ。
三原の部下たちが操作する追跡機が、レーザー照準をカズヤに合わせる。
「やめなさい、カズヤ。」
アイゼンハワードが前に立った。
「銃弾より速いものがある。それは時間だ。」
「時間?」
「彼らは“いま”しか見ていない。だが我々は、“記録”を残せる。」
その言葉と同時に、アル叔父は懐から古びた万年筆を取り出した。
金属の軸に刻まれた紋章が光る。
『A・H Chronicle No.13』
彼が空に掲げると、筆先から閃光が走った。
ドローンが一斉に爆発する。
電磁パルス古代魔術と現代技術を融合させた、
アイゼンハワードの“記録の術式”だった。
「叔父さん!」
「行け、カズヤ。今すぐ、この国境を越えろ。私は時間を稼ぐ。」
三原が叫ぶ。
「撃て!!」
銃声。砂煙。
そして、爆風の中でアイゼンハワードの姿が霞んだ。
カズヤは振り返りながら走った。
砂丘の向こう、
炎に包まれた外交車列が崩れ落ちる。
風に乗って、アル叔父の声が微かに届く。
「カズヤ……“真実の口”を閉じるな。」
夜明けの光が、砂の海を照らした。
カズヤの眼には涙とも汗ともつかぬ滴が光る。
「必ず日本へと戻る、アル叔父……。この嘘の外交を、全部暴いてやる。」
カズヤとアイゼンハワードは国境を越えて中国へと入国、日本領事館へと向かうのだった。




