第2話 灰色の取引
風のない夜だった。
砂漠の中央に、ぽつんと灯る小さな集落。
その村の名はザムサル。
地図にも載らない交易の中継地。
密輸人と商人、そして亡命者が交差する“灰色の町”だ。
ラクダの隊列と共に辿り着いたカズヤとアル叔父は、
土壁の宿屋の一室に身を潜めていた。
薄暗いランプの光の中、
アイゼンハワードは一枚の紙を静かに机に広げた。
「……これが、“灰色の取引”の証拠だ。」
それは、砂嵐の中で拾った輸送リストの写しだった。
輸送先:モンゴル・バヤンガル輸送拠点
責任者名:三原 聡(Mihara Satoshi)
そして、右下の印字には奇妙な企業名が記されていた。
“G.L.P. Holdings”
カズヤの脳裏に閃光が走る。
「アル叔父……それって、日本の事件で出てきた社名ですよ。
斎藤真一の資金を流してた、あの“Global Liberty Partners”と同じ頭文字だ!」
アル叔父は頷いた。
「人間の欲望には、国境も時代もない。資金の流れは違えど、“同じ手”が動いている。」
外では、風鈴のような金属音が鳴る。
遊牧民の子どもたちが、遠くでラクダの鈴を弄っている。
だが、その穏やかな音色の裏で、
二人の足元の床が、微かに“軋んだ”。
カズヤが素早くナイフを抜き、床板を外す。
そこには、鉄製の小箱。
中には、古びたノートパソコンと記録メモリ。
ハードディスクのカバーに貼られたメモには、こう書かれていた。
「契約コード:A-13/Tokyo Liaison Office」
「東京……?」
「そうだ、カズヤ。」
アイゼンハワードの声が低くなる。
「この取引の“起点”は日本だ。
モンゴルはただの中継地――“爆破”は、その痕跡を消すための儀式に過ぎん。」
カズヤは唾を飲み込んだ。
「じゃあ、三原って男は……?」
「証拠を運ぶ“墓守”だ。」
そのとき、外で銃声がした。
窓の外を覗くと、黒いジープが村の中央を横切る。
乗っているのは、武装した傭兵たち。
そしてその中心に白いコートを着た日本人の姿。
アイゼンハワードが目を細めた。
「三原 聡、本人だな。」
「叔父さん、行きましょう。今なら」
「待て、カズヤ。」
アイゼンハワードは机上のランプを消した。
暗闇の中、微かな香り
古い紙の焦げる匂いが漂う。
「この村には“灰色の掟”がある。金を渡せば、口は閉じる。
だが、真実を求めれば、命を奪われる。」
「……じゃあ、俺たちは?」
「真実を買う者だ。」
銃声が再び響く。
土壁が崩れ、夜の空気が吹き込んだ。
カズヤは肩を押さえながら、
燃え上がる宿を背に、アイゼンハワードと共に裏口へと駆け出した。
遠くの砂丘の向こう、
黒いジープが東へ消えていく。
その車の後部座席
三原の手には、赤いUSBメモリが握られていた。
表面には、消えかけた文字。
『A-13 THE TRUE ACCOUNT』
砂漠に再び静寂が訪れる。
炎の光の中で、アイゼンハワードは一言だけ呟いた。
「“真実の砂漠”は、まだ閉じていない。」
そして二人は、月明かりに照らされた砂の道を、
再び歩き出した。




