序章 砂漠の爆炎
モンゴル国 ウランバートル郊外。
赤茶けた大地の向こうに、陽炎がゆらめいていた。
午後三時。乾いた風が砂を巻き上げ、日本企業の旗がはためく。
カズヤは日本大使館の黒塗りSUVの後部座席で腕時計を見た。
「現地時間で15時15分。予定通りだな」
隣のアイゼン・ハワードが低く唸る。
「この国の時間は、風と同じだ。読めない」
彼の額には汗が光っていた。スーツの上からでも、異国の緊張が肌を刺す。
車列は、天然ガス精製施設のゲート前に差しかかった。
そこではモンゴルの作業員たちが手を振り、報道ドローンが空を旋回している。
日本の支援プロジェクトとして、式典の映像が世界に流れる予定だった。
だが。
「……ん? あの塔の上に何か」
カズヤの言葉が終わる前に、
世界が白く弾けた。
ゴォォォォォォンッッ!!
ズドォォォォン!! バリバリバリィィィン!!
地を割るような衝撃音が空気を引き裂き、
腹の底まで震える低音が全身を叩きつけた。
熱風が一瞬で肺の中を奪い、
耳の奥でキィィィィン……と金属音が鳴り続ける。
車体が宙を舞い、ガラスが細かい刃となって降り注ぐ。
「うわッ――!」
砂と炎と、誰かの叫び。
地面を叩く轟音が連続し、遠くでガスタンクが再びドゥゥゥン……!と爆ぜた。
その中で、カズヤの視界は赤一色に染まっていた。
耳鳴りと鼓動のリズムだけが、
まるで爆発の余韻のように世界を刻み続けていた。
爆炎が空を裂き、車列の先頭が吹き飛ぶ。
熱風が窓を粉砕し、衝撃でカズヤの身体が横に投げ出された。
砂と炎と悲鳴。
視界が焼ける。耳鳴りの中で、ハワードの叫びだけが鮮明だった。
「カズヤ! 伏せろッ!」
地面に転がりながら、彼は反射的に身を起こした。
施設は火の海。鉄骨がねじれ、煙の中を黒い影が駆け抜けていく。
その影の一人が、赤い装置を手に持っていた。
カズヤが指差す。
「見たか!? あいつ、リモコンを――!」
しかし次の瞬間、銃声が響いた。
警備兵がこちらに向けて叫んでいる。
「お前たちだ! 爆破犯は日本人だ!」
なぜ、俺たちが?
混乱の中で拘束されたのは、カズヤとアイゼンハワードだけだった。
現場に残された映像には、彼らが爆発直前に施設へ入っていく姿が映っていたのだ。
取調室。
冷たい蛍光灯の下で、ハワードは鉄の机に両手を組んだ。
「我々がやったと? 笑わせるな。
真犯人は、この国のどこかにまだいる。」
だが、警官が応じるより早く、
外でサイレンが鳴り響いた。
窓の外に閃光。
爆音。銃声。悲鳴。
署内の警備システムが次々と遮断されていく。
「襲撃だ! 外へ出ろ!」
煙が流れ込み、警官たちが逃げ惑う中、カズヤはハワードの腕を掴んだ。
「今しかない!」
「……やれやれ、逃げ足だけは早いな」
二人は裏口から夜の街へ飛び出した。
背後では警察のドローンが赤い光を点滅させ、上空を旋回する。
やがて照明が彼らを照らし出し、電子音声が響く。
「STOP! YOU ARE UNDER ARREST!」
砂嵐の夜。
モンゴルの闇を裂くサーチライトの中、
カズヤとハワードの逃亡劇が始まった。




