終章 嘘の終わり ― The True Account
拘置所の面会室。
厚いガラス越しに、川辺優菜は静かに微笑んでいた。
彼女の自宅の衣装棚の奥から見つかったセーフケースには、同じ女性の写真の偽造パスポートが何枚も。複数の名義、だが写真はすべて川辺優菜だった。引き出しの奥にはスイスの銀行通帳。残高約1億4千万円。送金元の名はこう刻まれていた。
『Global Liberty Partners Co., Ltd.』
取調官の質問にも、彼女は一切動じない。
「Global Liberty Partners……あなたが資金を動かしていたのか?」
彼女は小首を傾げ、淡々と答える。
「私? いいえ。ただの“窓口”よ。本当にお金を動かしていたのは。別の人。」
その瞳の奥に、確かな計算と恐れが交錯する。
「名前を言え」と岡野刑事が迫るが、
優菜はわずかに笑い、唇を閉ざした。
ハワードは静かにその様子を見つめ、
記録帳にペンを走らせる。
「意外な第三の人物……“裏口座”を操る存在がいる。」
やがて面会時間が終わる。
優菜は立ち上がり、去り際にひとことだけ残した。
「ねえ、魔族さん。夢って、売る方が儲かるのよ。」
その声がドアの閉まる音に吸い込まれていった。
夜。
港区の街を歩くカズヤの足取りは重い。
雨に濡れたネオンが路面に反射し、
事件の残滓がまだ空気に漂っていた。
「金を失った男と、愛を失った女……」
カズヤはポケットの中で煙草を転がしながら呟く。
「どちらが嘘つきだったんだろうな。」
ハワードは傘の下から夜空を見上げる。
「どちらでもない。嘘をついたのは、“夢”そのものさ。」
彼のノートが静かに閉じられる。
その表紙には、新たな見出しが書き加えられていた。
《人間という投資案件:第13号》
ハワードの指先がページを撫で、
次の記録を始める準備をする。
「さて……次は、誰が夢を買う番だ?」
雨のしずくがノートを打ち、
街の明かりが滲んだ。
そして、物語は静かに幕を下ろした。
『カズヤと魔族のおっさんの事件簿:嘘つき 投資家殺人事件』
ー完ー




