第8話 闇の司祭カザールの最後の禁術
ルナの塔の天井が吹き飛び、夜明けの光が差し込む。
戦いは終わったはずだった。そう、誰もがそう思っていた。
「……やった、ついにカザールを──」
「……倒したのよね?」
「ほんとに……全部、終わった……?」
マーリン(杖を握り直し、鋭い視線で周囲を見る)
「……いいえ、終わってない」
その瞬間だった。
広間の床が、震えた。
まるで心臓の鼓動のように、重く、鈍く、そして異様に生々しい音が鳴る。
ドン……! ドン……!
「な、なんだ……この揺れは……!?」
「まさか、地震!?それともまた魔法──?」
「ちょっと待って……今、床が……呼吸してる……!?」
床が波打ち、壁が蠢き、塔全体が不気味な赤黒い魔力に染まり始めた。
天井の残骸が舞い上がり、崩れた柱が勝手に組み直されていくいや、違う。それは再構築ではなかった。
それは変身だった。
「……来たわね。最悪のシナリオ」
巨大な魔方陣が塔の中心部から浮かび上がり、天井を突き抜けるほどの光柱が発生する。
その中に、半壊したはずのカザールが浮かび上がっていた。
「──我が肉体が滅ぶとも……塔は滅びぬッ!!」
「カザール!?生きて──っ!?」
「貴様らごとき、最後の禁術を見せるとは、見せてやろう、我が最終の禁術……!」
不敵に嗤うカザールの背後で、崩れかけたルナの塔が脈動を始める。
赤黒い魔力の波が走り、塔のひび割れから異様な光が漏れ始めた。
マーリン(目を見開いて)
「まさか……まさか、あれを使うつもり!?」
「……“禁術”か……!」
カザール(高らかに両手を掲げて叫ぶ)
「聞けええぇぇぇぇえッ!! 我が魂よ! 塔と一つとなり! 世界を呑み込む災いとなれッ!」
《禁呪・月骸起動──ルナ=ネクロス!》
塔全体が、呻いた。
石造りの床が肉のようにうねり、壁に血管のような模様が浮かぶ。
塔そのものが、巨大な魔獣として覚醒し始めた!
塔の外壁が割れ、巨大な手のような構造物が空に突き出る。
塔の最上部、今までいた広間が顔のように変形し、禍々しい魔眼が開いた
「……ルナの塔は、元々古代魔族の遺骸の上に建てられたと言われていたわ。まさか、本当だったとはね」
「それが動き出したってこと……!?」
中心のルナの塔が、まるで肉体を得た巨人のように歪みながら変貌していく。
崩れたはずの壁がうねり、巨大な腕のような柱が伸び、塔のてっぺんには、禍々しい顔のような魔眼が開いた。
「う、動いてる……!?」
「……ルナの塔はもともと魔族の封印具だった。それを……カザールが“融合”した……」
「つまり……塔そのものが、カザールになったのか……!?」
まさにその通りだった。
中心の塔と、周囲に立つ4本の副塔が鎖のような魔力で繋がり、5本の巨大な柱が地を割って起動する。
空が暗転し、稲妻が走る中、大地そのものが呻き声を上げる。
巨大な塔の魔物が、地を踏みしめて一歩、歩くごとに、地響きが大陸にまで轟いた。




