エピローグ 封鎖領域
廃墟の町は、封鎖された。
立入禁止の黄色いテープと、鉄のバリケード。
地図上では、既にその町の名前は削除されている。
けれど、夜になると――霧が、立つ。
風もないのに、ゆっくりと。まるで「呼吸する町」のように。
調査団の報告書には、こう記されていた。
「町は死んでいない。
いや、“生きている”ように思える。」
事件から一週間後。
全国ニュースは“行方不明事件”を報じ始めた。
封鎖区域の近くで、廃墟探索に来た若者グループが消息を絶ったのだ。
彼らの残したSNS投稿には、最後にこんな文字があった。
『霧が出てきた。
でも、光が見える……あれ、人?』
それを最後に、通信は途絶えた。
翌朝、現場に残されていたのは、スマートフォンと壊れたカメラ。
カメラの液晶には、笑っている少女の姿がぼんやりと映っていた。
政府の緊急チームが再調査に入るが、またも連絡が取れなくなる。
無線機からは、かすかな声だけが届いた。
『……たすけて……ここは……じゃ、ない……』
地面が脈動し、建物の残骸が音もなく動いた。
まるで町そのものが、意思を取り戻したかのように。
封鎖線の外にいた記者がその光景を目撃する。
「……動いてる。町が……呼んでる……」
次の瞬間、彼の姿も霧の中に消えた。
夜。
テレビでは、また特番が放送されていた。
タイトルは『消えた廃墟探索グループの真相』。
司会者が不安げに問いかける。
「彼らはどこへ行ったのでしょうか?」
その時、スタジオのモニターが突然ノイズを走らせた。
ザザ……ザ……。
映し出されたのは、あの町。
霧の中を歩く影。
そして、その中央に立つ“白い少女”。
カメラがズームしていく。
少女はゆっくりと顔を上げ、
無表情のまま、静かにこうつぶやいた。
「帰れないの……みんな、まだここにいるから。」
「もう誰も、外にはいないの。」
「見つけて……私を。」
画面が一瞬、真っ赤に染まり、放送は中断された。
その夜、番組スタッフのうち三人が消息を絶ったという。
町は、記録を拒む。
忘れられることを恐れ、思い出されることを望む。
その矛盾こそが、“怪異の呼吸”なのだ。
『カズヤと魔族のおっさんの事件簿:怪異の町の記録』
―完―