第7話 真実の夜
夜の町は、沈黙していた。
風ひとつ吹かず、霧は深く、廃墟の街灯だけがぼんやりと青白く点滅している。
カズヤとアイゼンハワードは、旧役場跡の地下で“最後のデータファイル”を開いていた。
画面には、かつてこの町で進められた「環境修復実験」の記録が映し出される。
汚染物質と、人の感情エネルギーを融合させる。
失敗。暴走。被験者、全員消失。
アイゼンハワードの瞳が揺れた。
「やはり、あの少女は……」
映像の中、実験室のガラス越しに、笑う少女の姿。
だがその笑みの奥に、確かに見えた。“誰かの顔が溶けていく”瞬間を。
「……町民の怨念だけじゃない。町そのものが、形を変え始めてる」
カズヤが天井を見上げた。
地下室のコンクリート壁が、まるで呼吸をするように“うねり”始めていた。
壁の中から、声がする。
「かえして……」
「まだ……ここにいるの……」
それは、かつてこの町に生き、消えた人々の声だった。
階段を駆け上がる二人の足元から、アスファルトが“脈動”した。
まるで地面そのものが生き物になったように、道路が波打ち、標識がねじ曲がり、信号機が笑う。
アイゼンハワードが叫ぶ。
「この町はもう、人間の領域じゃない!」
街全体が“意志を持った存在”になっていた。
電線が蛇のように襲いかかり、建物が軋みながら形を変える。
ビルの窓からは、顔のない人々が覗き、声を重ねるように呟く。
「たすけて……」
「ここから、でられない……」
カズヤは少女の幻影を見た。
霧の中で微笑む少女が、手を差し伸べる。
「お兄ちゃん……もう、逃げられないよ」
その瞬間、地面が裂け、廃墟全体が吸い込まれるように沈み始めた。
町が自らの内側へと飲み込もうとしていた。
「行くぞ、カズヤ!」
アイゼンがカズヤの腕を掴み、崩れゆく道路を跳び越える。
背後で、かつての街並みが“巨大な顔”のように変貌していく。
それは無数の住民の表情が溶け合い、ひとつの“意思”となった姿だった。
「……これが、真実の夜か」
カズヤの呟きは、轟音に飲まれた。
霧の向こう、少女の声だけが残る。
「ありがとう……でも、もう遅いの」
町は完全に閉じ、霧とともに闇へと沈んでいった。
その翌朝、衛星写真から「その町」は、完全に消えていた。