第4話 記録の中の声
カズヤは崩れ落ちた研究所跡の地下へと降りていた。
壁には焼け焦げた跡、天井から垂れ下がる鉄骨。
まるでこの場所自体が、何かを「隠したまま死んだ」ような気配を放っていた。
懐中電灯の光が、壊れた端末の群れを照らす。
その中で、ひとつだけ赤いランプが、まだ生きていた。
「……電源が残ってる?」
カズヤは恐る恐るボタンを押す。
すると、黒い画面が一瞬明滅し、古びた映像が再生された。
《記録開始。研究主任、田辺博士。》
画面の中で、白衣の男がこちらを見ている。
その表情は疲弊しており、背後では不気味な光を放つ培養槽が揺れていた。
『被験体C-01、通称“少女”。彼女には、汚染を中和するための因子を組み込んだ。
だが、結果は失敗だった。
化は起きず、逆に町全体を“取り込み”始めている。』
カズヤは息をのんだ。
映像の奥で、白い衣の小さな影が横たわっている。
それは、あの廃墟の町で出会った少女によく似ていた。
博士は震える手で額を押さえながら、呟く。『彼女を救おうとした者がいた。
魔界から来た、名もなき戦士だ。
彼は少女をこの地獄から連れ出そうとしたが……間に合わなかった。
その名は……アイゼンハワード。』
「……アルおじ……?」
カズヤの唇が震えた。
モニターの映像はノイズに飲まれ、再び声が戻る。『彼は今もこの町を彷徨っている。
少女を救えなかった罪を背負いながら……。
彼だけが、“浄化の鍵”をまだ持っている。』
その瞬間、スクリーンの光が消え、真っ暗になった。
耳鳴りのようなノイズが、部屋いっぱいに広がる。
「カズヤ……見つけてくれ」
それは録音ではなかった。
今、この瞬間に囁かれたような、生々しい声。
背筋を冷たいものが這い上がる。
カズヤは振り向いた。
闇の奥、ガラス越しに誰かが立っている。
顔のない少女いや、顔が“ゆらいでいる”。
見つめるたびに輪郭が変わり、微笑んでいるようにも泣いているようにも見えた。
「あなた……は誰?」
彼女が囁く。声は金属の擦れるような響きだった。
「博士は、私を“道具”と呼んだ。
でも……あの人だけは違った。
あの人は……“助けたい”と言ってくれた」
その言葉のあと、床下から黒い液体が染み出してきた。
ぬるりと動くそれは、まるで少女の感情そのものが形を持ったように広がっていく。
少女の目がこちらに向けられた瞬間、
液体が一気に爆ぜ、闇の中から手の群れが伸びた。
掴まれる寸前、鋭い閃光が走る。
銀の剣が空気を裂き、闇を断ち切った。
「……その手を離せ」
闇の中に立つ影。
長いコートを翻し、魔剣ギロティーナを構える男。
アイゼンハワード。
その瞳は冷たく、しかしどこか悲しみに満ちていた。
「カズヤ……あの少女は、俺が守れなかった命だ」
低い声でそう言うと、剣先を床に突き立てた。
「だが、まだ終わってはいない。
あの子を“取り戻す”方法がある――」
カズヤは息を呑む。
少女の影は静かに、微笑んで消えていった。