第3話 謎の少女
その朝、霧はいつもより濃かった。
カズヤはライトを掲げながら、崩れた商店街のアーケードを進む。
足元でガラスの破片がカリ、と鳴る。
アイゼンハワードが立ち止まり、鼻をひくつかせた。
「……血の匂いがする。」
「この町、昨日よりも“生きてる”気がします。」
カズヤの声が震える。
どこかで子どもの笑い声のような音がした。
だが、反響が奇妙に歪んでいる。
笑っているのか、泣いているのかすら判別できない。
風が止む。
その静寂の中
ふいに、少女の歌声が霧の奥から流れてきた。
> ♪あした、かえろう
みんな、まってる……
アイゼンハワードの眉がぴくりと動く。
「……生きた人間の声ではないな。」
廃校になった小学校の門。
さびた鉄柵の向こう、ブランコがゆっくりと揺れている。
そこに
ひとりの少女が立っていた。
白いワンピース。
顔は光に隠れて見えない。
だが、その首元から覗く皮膚はどこか奇妙に滑らかで、
“顔のない住人”たちと同じ質感を帯びていた。
カズヤが声をかける。
「君……どうしてこんなところに?」
少女はゆっくりと首を傾げ、
淡々とした声で答えた。
「ここは……私の町だよ。」
その瞬間、校舎の窓が一斉に“ガンッ”と鳴った。
無数の影が窓の向こうに立っている。
黒く塗りつぶされた顔、動かない目。
「カズヤ、下がれ!」
アイゼンハワードが魔剣ギロティーナを抜いた瞬間、
少女の足元から黒い液体が滲み出した。
液体は地面を這い、まるで意志を持つように
カズヤたちの足首を絡め取ろうとする。
「やめて!」
少女が叫んだ。
その声に反応するように、黒い液体は止まり、
彼女の体へと吸い込まれていく。
「ごめんなさい……。みんな、帰りたかっただけなの。」
カズヤが息を呑む。
「みんな?」
少女は微笑む――だがその頬には、
人の“指の跡”のようなひび割れが走っていた。
「あの大学生のお兄ちゃんたち、遊びに来たでしょ?
一緒に“町に残る”って言ったの。
でも、すぐいなくなっちゃった。
だから、代わりに私が」
言葉が、途中で止まる。
彼女の目から黒い涙が流れた。
「あの子たちは、もう“町の中”にいる。」
アイゼンハワードが低く問う。
「お前は……誰だ?」
少女は顔を上げた。
その瞬間、カズヤは凍りついた。
顔が、なかった。
白く滑らかな皮膚の中央で、声だけが響く。
「わたしは、“この町そのもの”。
みんなの記憶でできた“記録”の子。」
校舎が軋む。
黒い手が地面から伸び、少女を抱きかかえるように消えていく。
その声が、霧の中に溶けた。
「また、来てね……魔族のおじいちゃん。」
アイゼンハワードがわずかに目を細める。
「……知っていたな、私を。」
カズヤが息を呑む。
「まさか……アルおじと、この町に何か関係が?」
アイゼンハワードは答えなかった。
ただ、黒い霧の奥で少女の残した靴音が、
ずっと響き続けていた。