第2話 霧の中の行方不明(1か月前)
夜明け前の山道。
五人の大学生が、車を停めて肩を並べて歩いていた。カメラを片手に、笑い声をあげながら。
「マジでここ? 本当に廃墟の町なんてあんの?」
「地図には載ってないけど、ネットの書き込みでは“封鎖された町”って。やばくない?」
リーダー格の慎司が笑うと、スマホのライトが霧の中を泳いだ。
霧はまるで生きているように、彼らの体にまとわりつき、呼吸を奪う。
「……霧、濃くなってきたな。」
「ちょ、待って。道が見えねぇ。」
舗装の切れたアスファルトが、やがて土に変わる。足元のぬかるみに足を取られながら、彼らは進んだ。
GPSは狂い、画面には何も映らない。
それでも、前へ。
やがて霧の中から、うっすらと“町の影”が浮かび上がる。
看板の文字は剥がれ落ち、街灯は倒れ、民家は骨のように白く残っていた。
「やべぇ……本当にあったんだ……」
「撮ろうぜ!ここで動画撮ったら再生数バク上がりだろ!」
彼らは笑いながらカメラを回す。だが、霧の奥で、何かが“カサリ”と動いた。
風ではない。
小動物でもない。
湿った音――まるで誰かが、裸足で地面を歩いているような音。
「……今、聞こえた?」
「え? 風だろ?」
そう言った瞬間、霧の中から一つの人影が現れた。
古びた作業服のようなものをまとい、顔は黒く染みのように見えない。
「すみませーん!この町って――」
呼びかけた女子学生の声が途中で止まった。
影はゆっくりと顔を上げたが、その“顔”には何もなかった。
目も鼻も口も、まるで削ぎ落とされたように。
「……逃げろ」慎司が声を絞り出す。
一斉に駆け出す五人。だが、どの方向へ走っても、霧が同じ風景を見せる。
倒れたガードレール、朽ちた家屋、割れた窓。
町そのものが、彼らを出口から遠ざけているようだった。
「おかしい!同じ家、何回も通ってる!」
「やだ!もう帰ろうよ!」
次の瞬間、カメラを持った慎司の足元の地面が沈み、ぬかるみが腕を掴んだ。
「うわっ……やめろ!」
ぬかるみの中から、無数の手のような影が伸び、彼の身体を引きずり込んでいく。
残った仲間が助けようとするが、彼の手はずるりと泥に飲まれた。
泥からは血のような匂いが立ち上り、霧がざわめく。
そのとき、町の遠くで“鐘”が鳴った。
澄んだ音ではなく、割れた金属音。
誰が鳴らしたのかも分からない。だが、それが合図のように、町全体が軋み、呻き始めた。
「ここ……生きてる……!」
最後の一人がそう叫ぶと、霧が一気に濃くなり、視界を奪った。
カメラが地面に落ち、録画の赤いランプだけが点滅する。
画面には、霧の奥から覗く無数の“顔のない影”が映り込んでいた。
そして翌朝、町の入口には、タイヤの跡だけが残っていた。