第3話 ルナの塔
夜空に浮かぶ満月の下、その塔は静かにそびえていた。
ルナの塔(通称:月の塔)。
塔の外壁は月光を反射するように銀色に輝き、表面には無数の魔法陣と古代語の詠唱が浮かんでは消えていた。
かつて禁断の魔導実験が繰り返され、塔内に残された「失敗作」たちは、今なお魔力の影に潜み、侵入者を待ち構えている。
内部は静謐かつ異様な空気に満ち、階を登るごとに重力が歪み、時間の流れさえも曖昧になっていく。
最上層には、漆黒の石畳と魔導灯が並ぶ広間。そこに、闇の司祭カザールと、魅惑の黒魔術師マーリンが待ち構えていた。
漆黒の床に描かれた魔法陣が淡く脈打ち、天井には巨大な月光レンズが取り付けられている。そこは、禁術と禁忌が交錯する、静謐で不気味な空間だった。
塔の中央の玉座にふんぞり返る男は闇の司祭カザール。
その傍ら、杖を片手に立つ美しき魔女は黒魔術師マーリン。
「マーリン、配置につけッ!!勇者どもがもうすぐ上がってくるぞ!」
マーリン(眉一つ動かさず)
「言い方があるでしょ。“お願いできますか”くらい言ってみたら?」
「黙れ!わしが命じたら黙って動け!貴様の魔力は我が計画の一部なのだ!」
マーリン(ピクリと眉を上げ)
「あのね……あなたより私の方が百年は長く生きてるのよ?命令される筋合い、ないわ。」
「魔力が強い者が偉い!年齢など意味はないッ!!」
「ああもう……それ、年齢コンプレックスってやつよ。」
「うるさい!黙れ!とにかく、来たらすぐに爆裂魔法をぶっ放せ!我が禁術で動きを止めるから、その隙に吹き飛ばすのだ!」
マーリン(溜息)
「……だからそれ、卑怯って言ってるじゃないの。何度も言わせないでよ、もう耳遠くなってきてるんじゃない?」
「卑怯でも!勝てばよいのだ!わしはな……“勝ちたい”のだ!!」
「その情熱、もうちょっと知性に回せないのかしら。あなた、計画の9割が感情で動いてるでしょ。」
「計画とはな、感情の爆発なのだッ!!理屈ばかりでは世界は征服できん!」
「征服なんて興味ないのよ私は。学術的に興味があっただけなのに……。こんな精神年齢の低い坊やに振り回されるとは。」
「わしを坊や呼ばわりするな!!こほん……ともかく、今度こそ、あの勇者アルベルトを消す。シスターマリアの神聖魔法も、村人リスクの狡猾さも、我が禁術とお前の力で完璧に打ち破る!」
(静かに目を細めて)
「……さっきから気になってたけど、“お前の力で”って、それ自分では何もやらない気満々じゃない?」
「わしは指揮官だ!指揮官とは命令して、勝利を導く者だッ!」
「なるほど。じゃあ失敗したら誰の責任かしら?」
「マーリン、お前だろう!!」
(怒りが爆発しかける)「……ほんとに、ほんとーに嫌い、この人!!」
「ふふふ、来たな……いざ尋常に……いや、尋常じゃなく卑怯に勝ってやる!わしの憎しみよ、今こそ果たされよ!」
マーリンは呆れながらも魔力を帯びた杖を構える。
(まったくもう……この塔ごと吹き飛ばしてもいいかしら?)
マーリン(小声で)
「……逆恨みじゃなくて、こいつ本当に嫌いだわ。」
ルナの塔は月の光を受け、銀のように光を返し、表面には無数の魔法陣と古代語の詠唱が淡く浮かび、また消えていく。
「……これが、ルナの塔……」
勇者アルベルトが静かに息を呑んだ。
「かつて“禁断の魔導実験施設”と呼ばれた場所。今なお、失敗作たちが塔内に残っているそうです」
シスターマリアは祈りの珠を胸元に寄せながら言ったが、その声には微かな震えが混じっていた。
リスクは塔の基部をじっと見つめていた。広場には誰もおらず、風さえ止まっているかのような静寂に包まれている。だが、どこかで“何か”が息をひそめ、こちらを見つめているような気配だけが確かに感じられた。